Lovely13..女の子じゃなくなる夜Ⅰ。
「女の子なんかじゃない…っ。」
木曜日の夜の私の言葉。
私っていつからこんなに大胆な女の子になったのだろう。
──木曜日の朝。
「おはよう!エリー。今夜は勝負の日だね!」
サボンに念を押されて急に緊張してきた。
ドキドキする…っ!
「う、うん…っ。」
下着、ちょっとスースーする…でも何だかとってもセクシーな気分。
髪の毛も綺麗にカールをして毛先はしっとり艶やかに。
アニック・グタールの香水をふれば完壁。
私は鏡の中に映るエリーに向かって人差し指を立てた。
「いざ、勝負っ!」
──会社。
会社に着いて一番最初に会話をしたのは新入社員の衛門 福人君だった。
「…おはようございます、矢田さん!…な、何か、今日いつもと雰囲気違いますね。」
パックの珈琲牛乳を手に福人君が近づいてくる。
「おはよう。そ、そうかな…変かな?」
福人君は珈琲牛乳を飲む手を止めた。
「全然っ!変じゃないです!むしろたまんないっす!…って俺何言ってんだろっ。」
福人君は耳を赤くしてパックのストローを思いっきり吸った。
…何かちょっと可愛い!
ピロリロリ♪
件名:ファイトっ!
本文:エリー、おはよう♪
勝負に向けてエリーはよくがんばったよ!
でもね最終的に一番大切なのは、平山さんを想うエリーの純粋な気持ちだよ^^!
素敵な夜になりますよ〜に♪゛
祈っています。
「…歩。ありがと。」
こっそりと、携帯画面に向かってつぶやいた。
私…
今夜こそがんばって、平山さんに想いを伝えようっ!
そうしてあっという間に仕事は終わり、とっておきの勝負の夜がやって来た。
平山さんとの待ち合わせは7時に桜木町駅前。
私は行き交う大勢の人たちの中から平山さんを探した。
まるでスローモーション。
改札の向こう側から平山さんが歩いてやって来る。
「…っ。」
私はごくり、と息をのんだ。
平山さんが私に気が付いて微笑む。
「矢田さん!こんばんは。」
「こ、こんばんは!出張お疲れさまでした。」
私は平山さんを見つめた。
いや、見とれている。
「とりあえず食事でもしよっか。赤レンガの中にいいお店があるんだ。」
「はい!」
そうして赤レンガに向けて二人で歩きだしたけど、とってもドキドキしてしまう。
今夜の平山さんは久しぶりに会うせいなのか、それともスーツのせい?
何だかとっても色っぽい。
濃紺のスーツから見えるのは濃い水色のシャツ。
ネクタイは新幹線の中で外してきたのか、ゆるく開いた胸元がセクシー…
「…〜だよね?矢田さん?」
「…えっ!?あ…っと、ごめんなさい。ちょっとぼ〜っとしてました…」
だめだ!
私いま、絶対に真っ赤になってる。
恥ずかしい…っ。
いつもと何かちがう私の雰囲気に、平山さんも気が付いたのかそれ以上何も聞いてはこなかった。
赤レンガの中の素敵なお店で食事をして、お酒も少し楽しんだ。
波の音とぼんやりと灯るレンガ倉庫のオレンジが、私の恋を奏であげる。
─シャララ〜ン♪
「鐘…?」
夜の赤レンガに鐘の音が鳴り響く。
平山さんは二階の端を指差して見つめる。
「あそこに鐘があるんだよ。恋人同士であの鐘を鳴らすと幸せになれるらしい。」
……!
天使の鳴らす愛のベルの他にきっとない…!
私は上を見つめる平山さんの腕の裾をきゅっとつかんだ。
「…ん?どうしたの?矢田さん?」
「…っ。」
「…?」
大型船の汽笛が二人を包む。
「好きです…っ!」
「……」
「好きなんです!私平山さんのこと…っ」
あぁ。
ついに想いを伝えてしまった。
ドキドキを通り越して、もっともっとドキドキする。
平山さんは黙ったまま私の髪にそっと触れた。
その瞬間、ふわっと甘い香りが二人を包む。
「ありがとう。嬉しいな。」
「ごめんなさい。」
「どうして謝るの?」
「私なんかが平山さんみたいに素敵な人を好きになってしまって…私、自分に自信がないんです。」
平山さんの指が髪のすき間から耳に触れてくる。
「矢田さんは素敵だよ。とっても可愛らしい女の子だと思う。もっと自信持って。」
平山さん…
私は耳にかかる平山さんの手をおろした。
「私…可愛らしくなんてないっ。」
「矢田さん…?」
少し心配そうな表情で平山さんは見つめている。
「私…女の子なんかじゃない…っ!」
驚いた表情の平山さんのスーツの裾に、ぎゅっと力をこめる。
「矢田さん…」
「矢田さんじゃない…っ!エリーって…下の名前がいい、です。」
最高に恥ずかしいけれど、とっても甘くて心地いい。
「そうだね。ごめん…女の子扱いし過ぎちゃったかな。」
平山さん…
「君はとっても素敵で綺麗な女性です。エリーさん。」
平山さん…!
「…"さん"はいらない…っ」
「注文多いな〜っ。」
平山さんはそう言っていつもみたいに素敵に微笑った。
「平山さん…っ、私…」
ほんの一瞬。
ふわっと甘く、二つの唇が重なる─
「…っ!」
不意打ちなんてずるすぎる…!
「もうそれ以上何も言わなくていいよ。」
「…?」
そう言って平山さんは私をぎゅ〜っと抱きしめてくれた。
「大好きだよ、エリー。」