表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/10

暗闇を照らす声、光を導く指針

「……私、将来はアナウンサーを志しているの」


 美月は、悠真の手を握ったまま、ソラを真っ直ぐに見つめて切り出した。その瞳には、年上の大学生らしい落ち着きとは違う、鋭い「プロの光」が宿っている。


「え、アナウンサー……?」

 ソラは思わずフラッペを吸う手を止めた。目の前の女性が普段、どれほど周りからチヤホヤされているかはわからない。けれど、今の彼女から放たれる空気だけで、それが単なる華やかな憧れではないことは十分に伝わってきた。


「なろうと思ったきっかけから話そうかな。自分語りが続くけど、いいかな?」

 

 ソラは、飲み込みかけた氷の粒と一緒に、 コクコクと頷いた。


「今から8年前かな?大きな地震があって、このあたり一帯、一晩中停電だったの」


「あ、覚えてます」ソラが相槌を打つ。


「家の中も窓の外も真っ暗で。遠くでサイレンが鳴り響いて、時々、大人の怒号が聞こえてきて……。うちは幸い被害なかったけど、世界がバラバラに壊れていくような恐怖を感じて、私はテーブルの下で膝を抱えながら震えることしかできなかった。でもね、その時――。お父さんが『これなら電池で動くはずだ』って、埃を被った古いラジオを引っ張り出してきて点けたの。そして、そのスピーカーから、彼女の声が流れてきた 」


 美月は、こみ上げてくる熱を鎮めるように、自分の喉元を白く細い指先でそっと押さえた。


「そのアナウンサーは、凛とした声ですごく冷静に状況を伝えていた。余計な感情は挟まず、どこで何が起きているのか、私たちはどうするべきなのか、正確な事実を淡々と、けれど温かく届け続けていたの。その冷静な声を聞いているうちに、こっちまで不思議と落ち着いてきて……気が付いたら、あんなに止まらなかった震えが収まっていたの」

 

 ソラは固唾をのんで聞き続けた。


「後になって思ったの。もしあの夜、彼女の声に出会っていなかったら、私は一生あの暗闇のトラウマを引きずっていたんだろうなって。もしかしたら暗闇恐怖症になって夜道を歩けなくなっていたかもしれないし、そこまでいかなくても、『正体の見えない不安』に対して、ずっと怯え続ける無力な子供のままだったと思う。間違いなく、彼女の声が私を救ってくれた。そう確信したの 」


「……だから、次は私がその『声』になりたいって?」  

 ソラの問いに、美月は強く、深く頷いた。


「ええ。どんなに技術が発達してAIがニュースを読むようになっても、最後に人を心底安心させるのは、血の通った『正しい言葉』と、その人の佇まいから滲み出る品格だと思うの。かつての私のように、1人きりの暗闇で震えている誰かを見つけ出して、『大丈夫ですよ』という光を届ける。その役目を、他の誰でもない私の声と、私という存在そのもので全うしたい。画面の向こうに私が映って、声を発しただけで、『ああ、この人がいるならもう安心だ』って、世界中の人に思ってもらえるような……そんな唯一無二の拠り所になりたいの」


 美月の言葉には、一切の迷いがなかった。


「だから私は、アナウンサーになるために如何なる努力も惜しまない。アナウンススクールはもちろん、立ち居振る舞いや所作を磨くために茶道も習っている。このファミレスのバイトだってそう。不特定多数のお客様に対して、いかに最短時間で『最大級の好感度』を抱かせるか……私にとっては、毎日が本番前のオーディションなの」

 

 美月は自嘲気味に口角を上げた。


「今まで、言い寄ってくる男の人はたくさんいた。でも、みんな私を『瀬戸美月』という人間として見ていなかった。自分の隣に並べて、周囲に自慢するためのアクセサリー。私は彼らにとってはただの飾りでしかなかった……私の夢も、本気で受け取めて応援してくれる人は1人もいなかった。でもね、悠真くんは違ったの」

 

 美月は隣に座る、無機質な少年を見つめた。


「悠真くんはバイトに入ってきて最初、私に対して1ミリも興味を示さなかったの……自分で言うのも何だけど、そんな男の人、会ったの人生で初めてで。しかも、完璧に仕事をこなして、あっという間に私のスキルを追い抜いちゃったでしょ? 女性として、それからバイト先の先輩として、積み上げてきたプライドをズタズタに傷つけられた。だから――最初は『なんて生意気な後輩なの!』って、正直すごーくキライだったの」


 美月が「キライ」という言葉を強調すると、それまで黙って聞いていた悠真が、困ったように眼鏡の縁を触った。


「……そうだったんですね。初耳です」


「あくまで最初の頃!」

 美月はいたずらっぽく微笑んで悠真を見上げ、強調するように言った。


「でも、やっぱり悠真くんの存在が気になってしょうがないわけ。バイトのシフトが重なった時はいっつも目で追ってた。私のミスを何度もその圧倒的な処理能力で救ってくれたし……。私がお客さんに理不尽に絡まれた時も、悠真くんが間に割って入って、淡々と、でも完璧な正論で追い払ってくれたでしょ?」


 美月の声が、確信に満ちた熱を帯びる。


「気がついたら……何というか、彼は私の夢を現実にするために現れた『王子様』であり、いろんなものから守ってくれる『騎士』なんじゃないかって⋯⋯何か夢見る少女的な表現で恥ずかしいけど⋯⋯でも、そう思ったら、もう止まらなくなっちゃったの⋯⋯だから⋯⋯私から告白しちゃった」


 美月は恥ずかしそうに、口を手で覆ったが「でもねーこの人、最初断ったんだよー」とすぐ不満げな表情になり、悠真を小突いた。


「いやまあ、からかわれているとしか思えなくて⋯」

 たじろぎながら悠真が答える。

「生まれて初めての告白だったのにー」

 今度は美月が悠真に身を預けながら軽く体当たりした。


「ゴ、ゴホン!!」

 ソラは本日2回目の咳払いをした。油断すると、この2人、想像以上にイチャつきやがる。

 にしても、普段は柔らかくてたおやかで、パーフェクトな大人女性な美月が、ここまで甘えた表情を見せるのは本当に好きで好きでしょうがないんだろうな。


「⋯⋯で、その後、本当の気持ちだ、と信じてもらうまで私から猛アタック。ようやく悠真くんが振り向いてくれるようになったのは、今日みたいに、私の夢を語った時からかな」

 美月は思い出すように言い、悠真を見つめた。


「美月さんの僕に対する気持ちが本物だ、というのは早い段階でわかりましたし、僕の心も美月さんにどんどん奪われていきました。最初、店内オペレーションを遂行するための1つの駒としか見てなくてーーひどい言い方でスイマセンーーでも、美月さんの提供するサービスの1つ1つに心が込められているのが分かってきて。僕はCPUのように最適解を導き出し、指示して回していますが、それだけではサービス業は成り立たない。お客様に満足してもらうにはどうしたら良いか、そこの観点は完全に抜け落ちていて、美月さんに教えてもらいました」

 悠真は少し照れくさそうに、けれど真摯な眼差しで、隣に座る美月を見つめ返した。。


「でも、僕のこの体質⋯というか異様な脳の仕組みは、やはり恋愛には向いていない。覚醒時、何回もシミュレーションしましたが『付き合うべきではない』というのが最適解でした⋯⋯でもそれが、『付き合うべき』という最適解になったのが、美月さんの夢をお聞きした後です」


「⋯⋯どういうこと??」

 ソラは首を傾げた。


「僕のこの最適解を導き出す能力が、美月さんの夢の実現に役立つ、と考えられたからです。アナウンサーになるために努力を惜しまない美月さんをサポートし、場面場面で最適解を導き出してどうすべきかを提案するーー僕自身、この能力を何にどう活かしたらよいか、ずっと考えながら生きてきました。ファミレスのバイトも、その正解を探る活動の一環です。美月さんの夢を聞いて、僕の能力を活かす道はこれだ、と思いました」


「そっか⋯⋯今日、初めて点と点が線で繋がった気がする」

 美月が悠真から視線をそらし、自分の前に置かれたカフェオレを見つめた。


「お付き合いするに当たり、僕から2つ提案させてもらいました。1つは美月さんの夢の実現に向けて僕が全力でサポートすること。もう1つが、この関係を周りには秘密にすることです」

「やっと、出てきた!」ソラが待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。

「将来、美月さんがアナウンサーになった場合、僕の存在はリスクになり得ます。『年下の、学校で寝ているばかりの冴えない高校生と付き合っていた』とか、スキャンダルのネタになるかもしれない。僕のせいで、美月さんのキャリアに傷がつくかもしれないーーなので、お付き合いせず、ただの参謀として支える、ということも考えたんですがーーその時点ではもう、抑えきれないほど、美月さんのことが好きになってまして⋯⋯」

「悠真くん⋯⋯」

 再び、2人がうっとりした表情で見つめ合い出した。


「あのさあ⋯⋯」ソラは3回目の咳払いはしなかった。「そういうのは2人だけの時にしてくれる?」

 ソラはフラッペをかき混ぜながら頬杖をついて、悪態をついたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ