ぬるい紅茶、高鳴る好奇心
「……まだ、来ない」
夜21時半。ファミリーレストラン『クローバー』から駅に向かう途中、少し離れたコンビニエンスストアの軒先で、ソラは独り、店舗のガラス越しに溢れ出す無機質な白い光に照らされながら、スマホの画面を眺めていた。
放課後、取り巻きの女子たちに誘われるがままカフェへ行き、他愛もない会話に付き合って数時間。いつもなら賑やかな恋バナの中心にいるはずのソラだったが、今日はどこか心ここにあらずだった。
解散した後もまっすぐ家に帰る気になれず、適当に時間を潰して今ここにいる。
頭の片隅を占領しているのは、昨日この場所で目撃した「ありえない光景」と、昼間に階段の踊り場で対峙した悠真の、あの無機質な瞳だ。
(付き合ってるのは、まあ百歩譲っていいとして……何で隠すんだろう……)
ソラはコンビニで買った冷たい紅茶のペットボトルを頬に当て、考えを巡らす。
美月先輩の許可がないと、なぜ秘密にしているか話せない、ということは美月先輩の方に事情があるのだろう。美月先輩は清楚で、落ち着いていて、目を奪われる美しさ。いわゆる「男受けが良いタイプ」で、男からいっぱいアプローチを受けて困っているはず。「彼氏がいる」と言えば、そんな煩わしい男達を追い払うことができるのだが……。
(美月先輩は、付き合ってるのをオープンにした方がメリットあるはずなんだけどなあ)
一方で悠真も、昨日の美月先輩の様子を見る限り、学校で泥のように眠って過ごしていることは言ってなかったようだ。そもそも、学校とバイト先で豹変する理由もよくわからない。こっちはこっちで気になって仕方がない。
想像が膨らむほど、好奇心の針が振れる。
この「秘密」の裏側に隠された、誰も知らない真実を暴きたい。その欲求が、ソラの胸を突き動かしていた。
不意に、駐車場の暗がりの向こうから二つの人影が近づいてくるのが見えた。
コンビニから漏れ出した無機質な白い光が、ゆっくりとその姿を浮かび上がらせる。
一人は、清楚な黒髪セミロングを夜風になびかせた美月。白のブラウスに落ち着いた色のスカートという、洗練された私服姿だ。彼女はどこか心配そうに、けれど深く信頼している様子で、悠真の歩調に合わせるように、一歩分だけ距離を詰めて歩いている。
そしてその隣には、悠真。昼間の階段の踊り場で対峙した時のような、刺すような迫力こそ抑えられているが、その表情はバイト先で見せている鋭い「司令塔」そのものだ。背筋は真っ直ぐに伸び、眼鏡の奥の瞳には、学校で泥のように眠っている時の倦怠感など微塵もなかった。
「……お待たせしました」
2人がソラの前に立ち止まると、悠真が事務的な、それでいて淀みのないトーンで切り出した。
「待ちくたびれたわよ。放課後カフェで食べたパンケーキが消化しきって、もうお腹空いちゃった」
ソラはわざとらしく溜息をつき、勝ち気な視線を二人にぶつける。
「……そもそも白石さんが、この時間に3人で会いたいと言い出したんですよね。待ちくたびれたかどうか知りませんが、僕たちもバイト終わりでくたびれているんです」
悠真が眼鏡のブリッジを押し上げ、ソラのワガママぶりをチクリと突いた。
「なっ……。いいじゃない! 私だって――」
ソラが言い返そうと身を乗り出すと、それを制するように美月がふわりと微笑み、二人の間に割って入った。
「まあまあ。二人とも、そこまでにしよっか」
美月はソラの目を見つめ、包み込むような優しさで語りかける。
「ソラちゃん、本当に待たせちゃってごめんね。立ち話も何だから、あそこに入ろうか。ゆっくり話しよ?」
美月が指差したのは、コンビニの斜め向かいにある、オレンジ色の照明が漏れる深夜営業のコーヒーチェーン店だった。
「……わかりました。聞きたいこと、山ほどあるんで」
ソラは同意し、いつの間にかぬるくなっていた紅茶のペットボトルを鞄にしまった。
先に歩き出した二人の背中。寄り添うように歩く美月と、彼女の歩調をさりげなく気遣う悠真。
「……何なのよ、もう」
ソラは小さく毒づき、けれどその瞳には抑えきれない好奇心を宿して、二人の後を追うように動き出した。
カラン、という乾いたベルの音が夜の店内に響き、3人が連れ立って入店した。
カウンターで悠真は迷わずブラックコーヒーを、美月はカフェオレを、そしてソラは期間限定の生クリームがたっぷり乗ったフラッペを注文し、受け取ってから窓際のボックス席に移動した。
店内は夜も深まってきているにも関わらずそこそこ席が埋まっていた。ただ、1人客が多く話し声はまばらで、店内に流れる低音のジャズが、隙間を埋めるように緩やかに空間を支配している。その音の幕が、外の世界の喧騒を遠ざけ、このテーブルだけを切り取られた密室のように仕立て上げていた。
「時間も遅いし、前置きなしで」
ソラがフラッペをさっと一口飲んだ後、真っ直ぐに悠真を見据えて口を開く。
「まずはあんたが、学校とバイト先で全然違う点について。バイト先ではあんなにテキパキと完ぺきに指示出してシゴデキなのに、何で学校じゃ死んだ魚のようにいつも寝てるわけ?美月先輩にも言ってなかったみたいだし」
言い終わってソラは美月の方をチラッと見た。美月もうなずく。
「そうね。それは私も聞きたいな」
美月が柔らかく微笑みながら言った。
「そうきましたか」悠真は少し意外そうな表情を見せたが、想定内とばかりに落ち着き払った声で続ける。
「信じてもらえるかわかりませんが、僕の脳内には明確なスイッチがあります」
悠真はありのままを話し始めた。




