リミット解除の命綱、歪みだした三位一体(トライアングル)
「な……何?」
呼吸こそ乱れているものの、まるでこの世の真実を突き止めたかのような熱く鋭い目で悠真が見つめてくるため、ソラは戸惑った。
「……とりあえず、大丈夫です。ありがとうございます」目をそらしながら、悠真が答える。「白石さん……一回、手を離してもらえますか?」
「え?……う、うん」
ソラが面食らったように言われたまま、悠真の腕を掴んでいた手を放した。
「……っ、ぐ……っ!」
再び、脳内アラートが耳障りな音を立てて発報し出すとともに、こめかみを大型車に踏みつけられたような激痛が再来する。 視界が再び砂嵐のように白く濁り、悠真の身体が糸の切れた人形のように崩れかけた。
「……っ、ちょ! また倒れそうじゃん! 何やってんの!」
反射的にソラが再び悠真の肩を掴む。
その瞬間、またしても「静寂」が訪れた。荒れ狂う嵐が、指一本触れただけで凪に変わる。
「……ど、どうしたっての? 様子おかしいけど? 手、離せって言ったり、倒れそうになったり……」
ソラが理解できず、ひたすら困惑した声を出す。
「白石さん……ありのままの事実をお伝えします。落ち着いて聞いて下さい」
悠真は、昨夜のコーヒーチェーン店の帰り際のこと、そして今、起こったことをソラにかいつまんで伝えた。
「……つまり」
悠真は再びソラを凝視しながら言った。
「白石さんとの接触があると、僕の脳内はクールダウンして、オーバーヒートによるシャットダウン、つまり脳が限界を超えて意識を失うことを回避できるようです。車のエンジンを冷やすラジエーター装置――ご存じかどうかわかりませんが――のようなものでしょうか」
「……はぁ? ラジ……何? てか、あたしが? マジで意味わかんないんだけど!」
「落ち着いて下さいって。私も意味が分かりません……でも、現象としては、間違いないので……」
「そんな……」ソラはハッと思いついたように続けた。「これって、あたしだけ?美月さんは?」
悠真は首を振った。
「美月さんは、まあ、精神的には落ち着くと言いますかーーあ、でも逆に燃え上がるような気持ちになることもありますがーーともかく、脳内がクールダウンされたことはないです」
「こんなところでノロケはいいって……」
「とにかく」悠真はソラの言葉に被せるように言った。「美月さんは『心』、白石さんは『脳』の平穏を僕にもたらしてくれる、そう考えて間違いなさそうです……白石さん、協力してくれませんか」
「協力って……。あたし、ずっとあんたに触ってなきゃいけないわけ? マジで意味わかんないんだけど……バイト戻んなきゃだし」
ソラが反射的に手を離そうとする。
「待って下さい! まだ離さないで!」
悠真が必死に、ソラの手首を上から抑え込んだ。
「……っ、今はまだダメです。感覚的に、まだセーフティーゾーンまでには行っていない。今離されると、ここで意識を失う可能性が高い……店長に、これ以上心配をかけたくないんです」
悠真の必死な、それでいてどこかすがるような視線に、ソラは毒気を抜かれた。 学校では「置物」、バイト先では「神」の男が、今は自分の体温を命綱にしている。言いようのない高揚感が、ソラを包んだ。
「……分かったわよ。もう……。で、どうすんの? これ、いつまで続ければいいわけ?」
「……検証が必要です」
悠真は、ようやく呼吸を整え、眼鏡の奥で鋭い瞳を光らせた。
「どの程度の接触面積で、どのくらいの時間効果が持続するのか。……それが分かれば、僕の『オン』の稼働時間を飛躍的に伸ばせる。……倒れる恐怖なしに、戦える」
「戦う、って……。あんた、あたしをモバイルバッテリーか何かだと思ってない?」
「いえ。『最強のラジエーター』だと思っています」
真顔でとんでもないことを言う悠真に、ソラは深いため息をついた。
「もし、ソラさんのおかげで、オンモードを長く維持できるようなら……」
「あ! ……あの写真の犯人の手がかりとか、掴みやすくなるってことか!」
悠真が言い切る前に、ソラが横から奪い取るように言った。
「あたし、いざという時、何か察しがよくなるんだよね~。あれ? これってあんたとなんか通じるところがあるのかな?」
「……何とも。あなたのそれは、単なる直感の範疇ではないでしょうか」
「え~何かノリ悪い」
ソラはいたずらっぽく目を細め、悠真の腕を掴む手に少しだけ力を込めた。
「さっきから、私の反応を楽しんでいませんか?」
「え、だって、あたしがあんたのオンモードをコントロールできるってことでしょ? なんか、おもしろそうじゃん。あんたの運命、あたしが握ってるみたいな?」
「おもしろがられても困ります……こちらは死活問題なんです」
「まあ、そう固いこと言うなって」
さっきまで心配したり戸惑っていたのはどこへやら、ソラは極めてフランクなギャルのノリに戻っていた。主導権を握ったと確信した彼女の表情は、どこか誇らしげですらある。
その2人のやり取りを、従業員出入り口の物陰から、密かに見ている人物がいた。
昨日倒れた悠真のことを心配し、差し入れを持って様子を見に来た美月だった。
両手をしっかり握り合い、顔を寄せ合って親しげに話す2人。
聞こえてくる言葉の意味はよく分からない。けれど、悠真が自分に見せる「安らぎの顔」とは違う、どこか必死で、情熱的ですらある瞳をソラに向けていることだけは分かった。
それ以上、美月は見続けられず、音を立てないようにそっと従業員出入り口のドアを閉めた。
手に持った差し入れの袋が、小さく震えていた。




