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学校で地味メガネな僕がバイト先ではシゴデキな件。~年上彼女との秘密の恋に、新人の同クラギャルが割り込んできた~  作者: acid-junky


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0.1秒の最適解、100%の絶望

 水瀬みなせ 悠真ゆうまの脳内には、明確なスイッチが存在する。

 おそらく、誰の脳内にも何かしらのスイッチはあるだろう。だが、悠真のそれは、他人と共有できるような生易しい代物ではない。


 ひとたびそのスイッチがONになれば、彼の思考は限界を超えて加速オーバークロックを始める。

 視界に入る情報のすべて――ノイズのような雑音、無秩序に動く人影、端末に流れる文字列。それらが瞬時に純粋なデータへと分解され、脳内のスーパーコンピュータが最適解を弾き出す。

 予測されるトラブル、最短の動線、コンマ一秒の遅延さえ許さない優先順位の構築。混迷を極める状況すら、彼にとっては解くべきパズル、あるいは単なる「処理すべきタスク」に過ぎなくなる。


 しかし、このスイッチには欠陥があった。

 普通の人なら持っているはずの、その中間――「ほどよく、適当に」という出力の調整が、彼には一切効かないのだ。


 だからこそ、スイッチをOFFにすれば、彼は「ただの抜け殻」へと成り下がる。

 周囲の喧騒は遠のき、思考の解像度は一気に最低レベルまで引き下げられる。

 何にも興味を持たず、誰の記憶にも残らず、ただそこに存在しているだけの背景。

 酷使され、熱を持ちすぎた脳を冷却するための、無機質なスリープモード。


 全速力で駆けるか、完全に停止するか。

 世界が彼をどう見るかは、その両極端なスイッチ一つで決まる。



 遠くの校庭から響く野球部の掛け声も、廊下を走る足音も、今の悠真には届かない。

 夕闇が迫る教室の隅。水瀬悠真は、腕の中に頭を埋め、石像のように静止していた。


 脳内スイッチは、OFF。

 思考の解像度は最低レベルまで引き下げられ、外界からの情報は意味を持たないノイズとして処理される。

 誰にも話しかけられず、誰にも存在を気づかれない(話しかけられたとしても対応できない)。そうして熱を持った脳を冷却することだけが、この場所における彼の唯一の目的だった。


 ふと、校内のスピーカーが微かに震え、放課後の終わりを告げるチャイムが鳴る。

 悠真はゆっくりと顔を上げた。

 厚いレンズの奥にある瞳は、まだ焦点が合っていない。ひどく寝ぼけたような、死んだ魚のような目。


(……16時。移動に40分。バイト開始まで、60分)


 思考の歯車が、錆びついた音を立ててゆっくりと回り出す。

 彼はヨレたカバンを肩にかけ、幽霊のような足取りで教室を後にした。


――40分後。

 ファミレス『クローバー』の従業員口を潜った瞬間、空気の色が変わる。


 タイムカードを刻印する乾いた音。それが、彼にとっての合図だった。

 悠真は、ヨレたシャツの襟を正し、背筋を伸ばす。

 そして、脳内の奥底にあるレバーを、迷わず最大出力、フルパワーへと叩き込んだ。


 スイッチ、ON。


 視界が、一気にクリアになる。

 コンマ1秒の間に、店内の情報が雪崩のように流れ込んできた。


(現在、客数16。ホール担当はパートの川上さんと望月さん。厨房の調理待ちは4件。3番テーブル、デザート提供まであと90秒。……入口のマットが5センチ右にずれている)


 学校では死んでいた瞳に、鋭い知性の光が宿る。

 「置物」だった少年は消え、そこには冷徹なまでに正確な『演算エンジン』が現れていた。


「お疲れ様です、川上さん。2番卓のハンバーグ、ライスがまだですよ。僕が運びます」

「えっ、水瀬くん!? お疲れ様。……って、なんで分かったの? 今ちょうどキッチンに催促しに行こうと思ってたんだけど」

「川上さんの動線が30秒前からキッチン寄りだったのと、キッチンのタイマー音が止まったからです」


 悠真はハンディを手に取り、迷いのない足取りでフロアへ踏み出す。

 

「ついでに5番卓のお冷やを補充して、レジ待ちの8番様を捌きます。川上さんはそのまま新規のお客様を6番へ。――動いてください、30秒後に1組、4名様が来店します」


 淀みない指示。無駄のない動き。

 混沌としていたフロアが、彼の言葉一つで整然とした秩序へと書き換えられていく。


「……水瀬くんが来ると空気が変わるわよね。ほんと素晴らしい『シゴデキ』だわ」

 もう1人のパート、望月さんが感嘆の溜息を漏らし、川上さんと頷き合った。

 しかし、悠真に答える余裕はない。彼の脳はすでに、1分後の未来をシミュレートし終えていた。

 

「水瀬く〜ん、本当に助かったよ。……さすがは『副店長』!」

 どこにいたかはわからないが、いつの間にか現れた店長の小杉が、本気とも冗談ともつかない顔でそう言った。

「副店長じゃないですって。タダのバイトです」

 悠真は肩をすくめ、苦笑しながら答えた。


「で、だ。申し訳ない、水瀬くん。今日から新人のバイトさんが入るんだけど…」

 小杉が声のトーンを落とし、本当にすまなそうな顔で続ける。

「実は、今から本社の会議に出なきゃいけなくて。教育係、君に任せていい?」

「ええ。いいですよ。何回もやったことありますし」

 悠真は淡々と承諾した。

「ゴメンね。何か再来週から始まる『夏の納涼デザートフェア』に出す予定だった目玉メニューがいきなり出せなくなったって。原料に問題あったみたいでさ。勘弁して〜って感じ。その分の売上どうするか、緊急対策会議だと…ホント急な呼び出し、やめてほしいよねえ〜」

 小杉は掴みどころのない、のらりくらりとした言動、どうでもいい話が多い。悠真は普段と同じように、特にリアクションはとらず、完全に聞き流して店内オペレーションのシミュレートを継続した。

「おっと、グチ言ってる場合じゃなかった。じゃあ今から新人さん連れてくるから、ちょっと待ってて」

 そう言い残し、小杉はバックヤードに下がった。


「失礼しま~す」

 数分後、店長に連れられて新人バイトが覇気のない声であいさつしながら入ってきた。


 その人物を見た瞬間、悠真の視界から色が消えた。

 脳内であらゆる事態を瞬時にシミュレートし、最短の最適解を叩き出す悠真の「演算エンジン」が、その時ばかりは過負荷オーバーロードでショートしかけた。思考回路が真っ白なノイズに包まれる。


「あ、今日からバイトに入る白石ソラです。お願いしまー……えっ?」

 そこにいたのは、派手な明るい色の髪を揺らし、抜群のスタイルで男子の視線を独占しているクラスの女王ギャル、白石ソラだった。

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