プロフィール帳
私――天蓋ますみ――は、家に帰るとすぐにパソコンを開いた。
ワードを立ち上げ、一番上にセッティングされていたファイルを開いた。
『ツクヨ:取扱説明書―キャラクター設定表』
自分自身で書いたツクヨのプロフィールや、物語の中における立ち位置。そして世界観。私が八年前から構想していた、世界で一番好きな女の解剖書だ。
ツクヨは神々の超自然現象による魔術と麗しい美貌から、四世紀後半の日本を統治した女王という設定だ。自らを神の子だと自負し、自身の超魔術と美貌には絶対の自信を持つ。性格は表向きには慈悲深く礼儀正しいが、本性はナルシズムに溺れた矜持溢るる女王様。
含蓄ある婉曲的な言い回しと、礼儀正しい言葉遣いが特徴的。自分に抵抗してくる輩など、神のご加護に預けられなかった哀れな子だとしか思っていない。
一言でいえば、自分を神だと思っているイタイ奴。
私の日課は仕事後にプロフィールを開き、自分の振る舞いがツクヨのキャラクターと乖離していなかったか調べること。
一応ツクヨは『四世紀の人間』のため、外来語は話さない設定なのだが、最初の掛け声やメニューはお店のルールだから目を瞑っている。
「う~ん。ツクヨなら、あんなこと言わないよなぁ」
今日も反省があった。
最後、24時に注文を受けたさい、私はあろうことか「はい、ただいま」と普通の反応をおこなってしまった。別のテーブルを綺麗にしておりお客の声に聞こえていなかった失態だった。急に届いた怒声を含んだ声に私の素が前面に露呈してしまったのだ。
お客は初めての人だったからスルーしていたし、仲間も「ギャップ萌えでいいじゃないですか」と慰められた。
だけど、ツクヨはそんなことしない。私の中でツクヨはそういう事態に陥っても「あら、なにか?」と、余裕と表面的な慈悲を込めたいい方で返答する。
「ツクヨ、やっぱり変えよっかなぁ~」
帰りにコンビニで買ったせんべいをつまみながら、私は理想に手を加えるか思考した。
私は今日まで何度か、彼女の言い回しを削除しようかと考えた。
ツクヨは神の恩恵に恵まれた女王で、私は底辺高校の高卒。含蓄の深い言葉など、私の口から出た覚えなどない。「すげぇ」と「やべぇ」で片づけてしまう私が遠回しな言葉を使えば、自分でも何を言いたいのかわからずごちゃごちゃしてしまうのが目に見えていた。
別に、ツクヨの本質は言葉づかいではない。彼女の憐れんだ思考、ナルシズム、高い矜持。言葉はツクヨが偉大な者であると客観的に表現するツールだ。
別に消してもいい。だけど――
「……まぁいいか。こっちのほうがカッコいいし」
そう、彼女はとてもカッコいいのだ。私が惚れ惚れするくらいにカッコいい。
だから何度も再構築を企てては、直前でストップを繰り返した。今日もまたそれだ。
ツクヨに近づけるように、今日も朝日が昇ってくるまで格闘し続けた。無駄な時間だと分かってはいるが、この時間がとても楽しい。
だって私は、憧れの世界にいるんだから。




