Drop.011『 The EMPEROR:U〈Ⅱ〉』【4】
「そうでしたか。――それなら良かった。――やはり、あれだけの事を経験された後ですから、例え加害者ではなくとも、俺もまた、あの時の嫌な記憶をフラッシュバックさせるような要因になっているのではと考えていたもので……」
「ま、まぁ。そうだったんですね。――それはまた、余計なお気遣いをさせてしまって。――でも、アタシ、そんな事は全然な……」
雷の底知れぬ心遣いに感銘を受けつつ、雷を安心させるべく言葉を紡ごうとした法雨だったが、咄嗟にとある記憶が過り、思わず口を噤む。
なぜ、今日と云う日まで、この店に――、法雨の前に――雷が姿を現さなかったのか、と云えば、――それは、“そういう事”だったのだろう。
「あ、あの。――もしかして、――だから、これだけ長い時間を空けてから、ここにいらしたんですか?」
驚きながら法雨が問うと、雷は苦笑し、頷くようにして言った。
「鋭いですね。――えぇ。――実を云えば、――そうです」
「――………………」
“そのような事”までを考えたからこそ、敢えて、すぐには様子を見に来ないという判断をした雷に、法雨は心底感心した。
(これも、探偵業の経験から来るものなのかしら……。――依頼の内容によっては、そういう事もありそうだものね……)
また、恐らく、雷がそのような選択をした理由は、法雨が孤独の身ではなかったから――という事も、ひとつあるだろう。
まず、法雨には大切にしている従業員たちがおり、彼らとの関係は良好そのもの――ともなれば、店以外での人付き合いも良好である可能性が高い事から、頼れる友人の存在もすぐに想像はできる。
そして、その事を踏まえれば、その中で最も親しみの浅い雷が、法雨の様子をいち早く確認しにゆく必要性は非常に低く、さらには、雷が推察したように、もしも京たちとの事が酷いトラウマにでもなっていたとすれば、その場合、雷がフラッシュバックのトリガーとなる可能性も大いに考えられる。
(そう考えたら、確かに、アタシに会うとしても、十二分に時間を空けてからの方が、いいに決まってる……)
法雨が何か月も深く後悔し続けるほどに酷い態度をとったにも関わらず、雷はその間もそうして、ただ、法雨の身を案じるに徹していた。
(本当に……、――アタシには勿体ないくらいの、優しい人ね。――絶対に、もう二度と、アタシみたいなのがお世話になんてなってはいけない人だわ)
法雨は、そんな深すぎる優しさだけを丁寧に受け取るようにして、心の内で抱きしめると、雷に微笑み、言った。
「そんなお気遣いまでして頂いて、本当に有難うございます。――でも、安心してください。――アタシ、本当に何ともありませんから。――あの時にも言いましたけど、アタシ、――雷さんが思われるほど、か弱くないんですよ?」
すると、雷は、降参――と云った様子で笑いながら言った。
「確かに。――とても強いお心をお持ちようですね。――恐れ入りました」
そんな雷に、法雨は悪戯っぽく上品な笑みを返す。
「ふふ。――こちらこそ、恐れ入りますわ」
そして、それからしばし、雷と静かに笑い合うと――、法雨は、またひとつ紡いだ。
「あぁ。そうでした。――あの、雷さん。――実は、アタシの方からも、――雷さんに、ひとつお伺いしたい事があるのですけれど……」
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