Drop.010『 The EMPEROR:U〈Ⅰ〉』【2】
もしかしなくとも、雷が法雨の前に姿を現さない理由は、雷が法雨に対して気分を害したままだから、ではないか――。
雷の名刺を見やりながら、法雨はふと、そんな懸念に至ったのだ。
(――もし、そうだとしたら、お詫びの機会を頂く事自体が迷惑よね。――ううん。でも、そうじゃなかったら、このままにしておきたくないし……。――と云っても、アタシがどれだけ念じたって雷さんの気持ちは分からないし……。――まずは、アタシが連絡しても迷惑じゃないかって事だけでも、あの子たちに訊いてもらおうかしらね……)
そして、そんな結論に至った法雨は、中空にやっていた視線を再び名刺に戻し、雷の名を見つめる。
――オオカミ族の彼。
――見ず知らずであるにも関わらず、一切の迷いなく助けに駆けつけてくれた、法雨の救世主。
そう云えば、子供の頃に読んでいた絵本では、囚われの姫には、そんな、――姫を救うべく悪の城へとやってくる、勇敢な王子様や勇者がつきものだった。
そして、そんな勇敢な者たちには、ライオン族やオオカミ族などの亜人が抜擢される事が多かった。
(――王子様ねぇ……。確かに、勇敢で救世主らしくもあるけれど……、でも……、――あの人のイメージは……王子様でも勇者でもないわねぇ……。――……あぁ、そうだわ。――あの人のイメージは、王子でも勇者でもなく、――狩人って感じじゃないかしら)
雷を想い起こしたついで――、幼い頃を楽しませてくれた絵本たちと彼の“イメージ”について相談した後、そんな結論に至ると、法雨は、ふふ、と小さく笑った。
(――“狩人”……。――そうね。――オオカミにも、あの人にも、――そのイメージがピッタリだわ)
✦
「――お客様。お水を失礼いたします」
「あぁ。――有難うございます」
季節の移り変わりは相変わらずと気が早いもので――、梅雨が駆け抜けていったと思えば、その夏らしい気候はついに夜にまで届き始めていた。
そんな初夏の夜――、店内の賑わいも少しばかり和らいできた頃合いに、バーのスタッフであるユキヒョウ族の桔流は、妙に見覚えのある顔立ちの客に、レモンの香るグラス水を提供すると、続けて問うた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
すると、その客は、丁寧にメニューを指し示しながら、低く穏やかな声で言った。
「えぇ。――では、コチラを」
「サマーレインですね。かしこまりました。――ご注文は、以上でよろしいですか?」
「そうですね。――とりあえず、それでお願いします」
桔流は、その季節限定のクラフトビールの名を読み上げ、客の注文を受け取ると、改めて一礼をし、テーブルを離れようとした。
その時――。
そんな桔流を呼び止めるようにして、その客がひとつ声をかけた。
「――あの。――ひとつよろしいですか?」
桔流は、それを不思議に思いながらも、笑顔で応じた。
「はい。――なんでしょう?」
すると、その客は、桔流にとある事を尋ねた――。
✦
「――あの~、法雨さん……」
桔流は、その――妙に見覚えのある顔立ちの客の対応を終えた後、店の裏に入り、法雨が仕事をする事務室を訪れていた。




