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皇国のアリーシャ  作者: 岡井チマ
第三部
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第七章-2 帝都の影

 数日後、帝都にて。自室の窓辺でセレナは一通の書簡を静かに読み終える。淡々とした文面で、使節として、帝国への訪問を希望することが書かれている。そして、最後の一文にセレナは目を閉じた。

ーー己を狙った者が誰か、確認したい、と。


「……来るのね」


 あの男は逃げない。自分の血が争いの火種なら、断ち切るために来る。そういう目をしていた。ルークを消そうとしている人物、セレナはエミリオしか思いつかない。ルークについて話したのはエミリオだけだった。興味を持っていたのも、彼だけ。

 セレナはゆっくりと立ち上がった。皇族棟の奥、エミリオの私室へと向かう。入室の許可を得ると、彼は余裕の笑みを浮かべていた。


「珍しいな、セレナから訪ねてくるとは」


「お兄様、単刀直入に聞きますわ」


 ソファーに座るなり、セレナは静かに切り出す。


「皇国の王配殿を狙ったのは、お兄様?」


 ほんの一瞬だけ、エミリオの視線が揺れる。だがすぐに笑う。


「何のことだ?」


「とぼけないでください」


 エミリオは椅子に深く座り直す。


「証拠はあるのか?」


「ないわ。でも、お兄様にしかお話ししていないもの」


 その声には確信があった。エミリオの目が、わずかに細くなる。影からは暗殺が失敗したこと、毒の影響で王配は伏せっているとの報告を受けている。そして、セレナのこの物言い。影を差し向けたことはお見通しのようだ。


「仮にそうだとして、――何が悪い?」


 空気が冷える。


「火種は消すべきだろう。皇帝の落とし胤など、今更、災いにしかならん」


「彼は後継になるつもりはないと、明言されていましたわ」


「口ではなんとでも言えるわ。しかし、存在している限り、安心できない」


 セレナはゆっくりと息を吐く。


「……危ないことはなさらないで」


 エミリオが眉を上げる。


「何がだ?」


「お兄様は彼を直接見てはいないでしょう?」


 セレナの視線は真っ直ぐだった。


「本気で怒らせれば、どうなるかわかりませんよ」


 エミリオが嘲る。


「所詮、皇国の王配。なにが出来る?」


「出来るわ」


 静かに、だが断言する。


「彼は、自分の命よりも守るものを優先する人間ですよ」


 それは強みであり、恐ろしさでもある。


「……何が言いたい」


 セレナは机に一通の封書を置いた。エミリオの視線がそれに落ちる。


「彼は帝国へ来ると仰ってますわ」


「……は?」


「なにをなさるおつもりか分かりませんけど、自身の血について、決着をつけるつもりかもしれません」


 その言葉に、エミリオの指先が止まる。


「お気をつけくださいまし」


 暗殺に失敗し、皇国には警戒を与えてしまっている。皇族の周囲は守りが固められているため、次の一手を考えあぐねていたが……。


「愚かだな。こちらへ来るのなら、とどめを刺してやるまでだ」


 セレナは立ち上がり、最後にもう一度だけ告げる。


「軽率なことはおやめください。お兄様が思っている以上に――彼は危険だと思います」


 彼が、静かで穏やかな顔の裏に、父と同じ鋭利な剣を持っているのだとしたら、手負の獣に手を出すようなものだ。そう、彼女だけが理解していた。




 


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