第七章-2 帝都の影
数日後、帝都にて。自室の窓辺でセレナは一通の書簡を静かに読み終える。淡々とした文面で、使節として、帝国への訪問を希望することが書かれている。そして、最後の一文にセレナは目を閉じた。
ーー己を狙った者が誰か、確認したい、と。
「……来るのね」
あの男は逃げない。自分の血が争いの火種なら、断ち切るために来る。そういう目をしていた。ルークを消そうとしている人物、セレナはエミリオしか思いつかない。ルークについて話したのはエミリオだけだった。興味を持っていたのも、彼だけ。
セレナはゆっくりと立ち上がった。皇族棟の奥、エミリオの私室へと向かう。入室の許可を得ると、彼は余裕の笑みを浮かべていた。
「珍しいな、セレナから訪ねてくるとは」
「お兄様、単刀直入に聞きますわ」
ソファーに座るなり、セレナは静かに切り出す。
「皇国の王配殿を狙ったのは、お兄様?」
ほんの一瞬だけ、エミリオの視線が揺れる。だがすぐに笑う。
「何のことだ?」
「とぼけないでください」
エミリオは椅子に深く座り直す。
「証拠はあるのか?」
「ないわ。でも、お兄様にしかお話ししていないもの」
その声には確信があった。エミリオの目が、わずかに細くなる。影からは暗殺が失敗したこと、毒の影響で王配は伏せっているとの報告を受けている。そして、セレナのこの物言い。影を差し向けたことはお見通しのようだ。
「仮にそうだとして、――何が悪い?」
空気が冷える。
「火種は消すべきだろう。皇帝の落とし胤など、今更、災いにしかならん」
「彼は後継になるつもりはないと、明言されていましたわ」
「口ではなんとでも言えるわ。しかし、存在している限り、安心できない」
セレナはゆっくりと息を吐く。
「……危ないことはなさらないで」
エミリオが眉を上げる。
「何がだ?」
「お兄様は彼を直接見てはいないでしょう?」
セレナの視線は真っ直ぐだった。
「本気で怒らせれば、どうなるかわかりませんよ」
エミリオが嘲る。
「所詮、皇国の王配。なにが出来る?」
「出来るわ」
静かに、だが断言する。
「彼は、自分の命よりも守るものを優先する人間ですよ」
それは強みであり、恐ろしさでもある。
「……何が言いたい」
セレナは机に一通の封書を置いた。エミリオの視線がそれに落ちる。
「彼は帝国へ来ると仰ってますわ」
「……は?」
「なにをなさるおつもりか分かりませんけど、自身の血について、決着をつけるつもりかもしれません」
その言葉に、エミリオの指先が止まる。
「お気をつけくださいまし」
暗殺に失敗し、皇国には警戒を与えてしまっている。皇族の周囲は守りが固められているため、次の一手を考えあぐねていたが……。
「愚かだな。こちらへ来るのなら、とどめを刺してやるまでだ」
セレナは立ち上がり、最後にもう一度だけ告げる。
「軽率なことはおやめください。お兄様が思っている以上に――彼は危険だと思います」
彼が、静かで穏やかな顔の裏に、父と同じ鋭利な剣を持っているのだとしたら、手負の獣に手を出すようなものだ。そう、彼女だけが理解していた。




