第二章-1 アルシオ
第二章 皇子のお披露目
アリーシャとルークの子供は、アルシオと名付けられた。1ヶ月も経つと、頬はふっくらと丸みをおび、つぶらな瞳はルークと同じ、赤身がみえる茶色に輝いていた。黒く艶のある髪の毛はまだまだ柔らかく、指で撫でれば絹のようだった。
アリーシャは、できる限り自分の手で育てていた。授乳して、おしめもかえる。アルシオが泣けば、率先してあやし、小さな命を抱きしめるたびに、胸の奥が満たされていた。
けれど、産褥が明け、そろそろ政務に復帰する必要がある以上、昼間アルシオを頼む乳母が必要だった。そこで、ルークが声をかけたのはアンナだった。
アンナはエリアス・フェルナーと結婚して、男児を産んだばかりだった。子供の名前はレックス。1ヶ月違いの乳兄弟となる。アンナは快く引き受けてくれた。
エリアスはというと、近衛隊の新兵たちの教官として、訓練所で勤めることになったそうだ。激しい動きをしなければ、普段の生活には問題ない。主に教養やマナーについて教鞭をとることになっている。それに伴って、アンナもレックスを連れて王城へとやってくる。
「アンナ、よろしくお願いするわね」
今日はアルシオとの顔合わせのため、アンナには私的空間に設けた王子の部屋まで来てもらった。そこは日中アルシオが過ごす部屋となり、王族の私的空間の中にある。アルシオは、アンナに抱かれると、少し不安そうな表情ではあるが、おとなしくしている。レックスの方が、侍女に抱かれアンナと離されたことで、大声で泣き喚いているくらいだ。
「あらあら、レックスに気押されてるのかしら」
二人を並べて寝かせてみれば、1ヶ月の差か、レックスの方が体も声も大きい。
レックスは、明るい茶色の髪に茶色の目をしている。それはエリアスと同じであった。
「二人とも、お父上と同じ色ですね。可愛らしいです」
アンナは、嬉しそうに二人を眺める。
「そうね、そのうち顔立ちも似てくるのかしら」
母親同士の、他愛のない会話。部屋には穏やかな空気が満ちていた。
「今後は、基本的に昼間にここでレックスと一緒にアルシオをみていてくれたらいいから」
政務に戻ると決めながらも、アリーシャの視線は何度も揺籠へと向かう。アンナもまだ幼いレックスを抱えている身だ。エリアスが訓練所から戻る頃には、共に下がらせるつもりだ。だから、アリーシャは以前のように夜遅くまで政務を行うことはできない。
それでいいと、自らに言い聞かせる。アリーシャ自身、アルシオと離れる時間が寂しくないわけがない。だが、幾度となく耳に入る廊下の向こうで交わされる囁きが、胸をざわつかせる。
ーー皇子殿下は……王配殿に、よく似ておいでだ。
それは祝福の言葉のはずだった。けれど、その声音にはどこか棘が含まれている。赤みがかった茶の瞳、黒髪をもつ皇子。皇国では、王族は輝く金の髮、透き通る青や紫の瞳を持つものが多かった。血統を重んじ、近親での婚姻を繰り返してきた歴史があり、例外はあまりない。揺り籠の中で眠るアルシオを見つめながら、アリーシャはそっと唇を結んだ。今はまだ、表立ってそれを口にするものはいない。だが、水面下の燻りは消えてはいない。




