エピローグ 未来への歓び
数日後、再びアリーシャは体調を崩し、医師の診察を受けた。ルークは診察のあいだ、部屋の隅で腕を組んだまま、落ち着きなく立っている。戦場では微動だにしない男が、心配て、今はただ一人の夫の顔をしていた。やがて医師は静かに息を吐き、穏やかに告げる。
「……おめでとうございます。ご懐妊でございます」
一瞬、時間が止まった。アリーシャも、ルークも、すぐには言葉が出ない。ゆっくりと視線を上げると、ルークと目が合う。――完全に、思考が止まっている。瞬きもせず、ただこちらを見ている。
……可愛い。
「じゃあ、このところの体調不良も?」
「そうでございましょうな。悪阻の兆しでございます」
医師の声が遠く感じられる。ルークが、やっと口を開いた。
「……俺が……父親に?」
その声音は、普段聴く低い声とは違い、どこか頼りなく、戸惑いを含んでいる。ルークは父の記憶を持たない。母に育てられ、強くあれと教えられてきた。 “父”という存在を、彼は知らない。ちゃんとできるのか、守れるのか、その不安がわずかに揺れていた。
アリーシャは、ゆっくりと微笑む。
「守らなければならないものが、増えたわね」
ルークは一瞬だけ目を伏せ、それから柔らかく笑った。
「……そうだな」
今度の笑みは、迷いを含みながらも、確かに決意を帯びている。彼はそっとアリーシャのそばに歩み寄る。ためらいがちに、手を伸ばす。
「……触れても、いいか」
「もう、あなたの子でもあるのに」
そう言われて、少しだけ困ったように笑う。そっと腹部に触れる。まだ何も感じない。けれど、確かにそこにある未来。
「……俺は、上手くやれるだろうか」
アリーシャは、その手に自分の手を重ねる。
「完璧である必要はないわ。わたくしも、完璧ではないもの。これから、一緒に、学んでいきましょう」
「……ああ」
「俺たちで、守っていこう」
その言葉を聞いて、アリーシャはそっと、ルークの頬に触れた。少し背伸びをして――自分から、口づける。静かな、やわらかな口づけ。驚いたように目を見開くルーク。だがすぐに、目を閉じる。離れたあとも、額が触れそうな距離で、アリーシャは微笑む。
「……父になるあなたを、わたくしは誇りに思います」
ルークの喉が、小さく鳴る。
「……ずるいな」
「ふふっ。そうね」
「アリーシャ、愛している」
静かな部屋に、春の光が差し込む。新しい命とともに、二人の未来が、ゆっくりと動き出していた。




