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皇国のアリーシャ  作者: 岡井チマ
第二部
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第九章-1 孤高の追跡者

 翌朝、まだ薄暗い時間だが、城門前には、静かな緊張が漂っていた。馬の吐く白い息が、朝靄に溶ける。ルークは軍装を整え、馬の手綱を握る。振り返ると、アリーシャが立っていた。女皇としての装い、けれど、その目は一人の妻のもの。言葉が、すぐに出てこない。昨夜、言い尽くしたはずなのに。


「……お気をつけて」


 それしか言えなかった。ルークは歩み寄る。公の場で抱きしめることはできない。だが、別離のように感じて、離れたくない。ルークはアリーシャの頬をそっと撫でると、そこは冷気で、冷えていた。


「待っていろ。必ず戻る」


 アリーシャは頷き、ルークの手に自身の手を重ねた。


「……無事でいて」


 声がわずかに震えていた。ルークはさ重ねた手を、唇に近づけ、静かに口付けした。

 名残惜しそうに、アリーシャから離れてルークは馬に乗った。


「出発する!」


 蹄の音が響き始め、部隊が動き出す。アリーシャは、その背を見送る。小さくなる背中に、祈りを込めた。


(……どうか、無事に帰ってきて)


 朝の光は、ゆっくりと城壁を照らし始めていた。



 少し時間は遡り、国境付近の森。月明かりだけが、木々の隙間から落ちている。ジークハルトは膝をつき、地面に残る跡を指でなぞった。


「……」


 わずかだが足跡の痕跡が続いていた。数は10人いるかどうか、急いでいるのか、完全には痕跡は消せていなかった。


「逃げ切れると思っているのか」


 呟き、立ち上がる。焦げ跡の残る馬車、そばで倒れた死体。バロンと思われる遺体の激しい損傷――


「死んでるわけないよな」


 森の奥へ進むと、小川のそばで足跡が途切れる。


「……流したか」


 水に入って痕跡を消したつもりか。だが、ジークハルトは川辺の石をひとつ拾う。裏側に、わずかな泥がついていた。


「左足を引きずっている」


 川を渡った先の斜面にかすかな擦れがあるのは、誰かが重傷を負っているのか。


「負傷したものがいれば、そんな遠くへは行けないよな」


 使節団が全滅すれば、皇国は責任の追及を逃れられない。重大な外交問題となり、女皇も国境へ赴かなければならなくなる。もし、バロンがそこまで狙っていたのなら、策としては悪くない。ジークハルトが、立ちあがろうとした、その時ーー


 背後でわずかな殺気を感じた。瞬間、矢が放たれる。ジークは身体を捻り、かわす。刃が抜かれる音がして、闇の中から三つの影が、飛び出してきた。

 賊は汚れた外套を身につけていた。だが、手に持った剣は月夜に反射し、上質のものであるとわかる。


「……盗賊、じゃねえな」


 低く呟き、次の瞬間地を蹴った。最も近い一人の懐へ踏み込み、刃を一閃浴びせ、喉元を正確に断つ。血飛沫が月光に散る。二人目が横薙ぎに斬りかかる。鋼と鋼がぶつかり、鍔迫り合いがおきる。相手は力はある、だが荒い。ジークは体重を外し、刃を滑らせる。相手の重心が前に流れた瞬間、足を払う。体勢を崩した敵の脇腹を、足払いしたままの体勢で反動のまま薙ぎ払う。断末魔がして、三人目は一瞬、怯んだ。そして逃げ出す。


「……逃すか」


 数歩で一気に距離を詰め、低く刃を走らせる。足首を裂き、男が地面に転がる。さらに踏み込み、抵抗できないように手首を斬り落とす。呻き声が森に響く。

 ジークは男の胸倉を掴み、引き起こした。月明かりに照らされた顔は、若かった。痛みに耐えながらも、ジークハルトを睨み返していた。


「バロンはどこだ」


 男は歯を食いしばる。


「……何も知らん!」


 ジークは表情を変えない。足に剣を突き立てる。

 激痛に男の表情がゆがむが、さらにゆっくりと捻ると、我慢できずに叫び声を上げる。


「ぐあああああ!!」


「ちんたら聞くつもりはない」


 ジークハルトの声は、無機質だ。


「どこにいる」


「……し、知ら……」


 刃がさらに沈む。


「がっ!!あああああああ!!」


 汗と涙と血で、男の瞳が崩れる。


「……川沿いだ……!」


 息も絶え絶えに吐く。


「下流へ……降った先の……小屋……」


 ジークが刃を雑に抜くと、血が溢れる。


「何人いる」


「わ、わからん……」


 男の視線が横に流れる。ジークハルトは血が溢れる傷口を踏みつけた。


「ぎゃぁああ!」


 再び絶叫が夜に響いた。


「焦らすなよ」


 浅い息を繰り返し、男は懇願するように吐いた。


「……5人だ」


「バロン・クラウゼンもいるな?」


「いる!全員で5人だ!」


 ジークハルトは、表情を変えずに、素早く男の喉を断つ。絶命したのを確認して、ジークは立ち上がる。汚れた外套の隙間から覗く、軍規の刻印、ガルデの軍のもので間違いなかった。


「やってくれる」


 つまり――襲撃は仕組まれていた。バロンは生きている。そして自らの死を演出し、何かを仕掛けている。そして、今なお皇国に身を隠している。ジークハルトは川沿いへと走り出した。


 川沿いの小屋には、見張りが1人立っていた。ジークハルトは音もなく見張りに近づき、一撃で仕留めた。そして、汚れた窓から中を伺った。

 ガルデの兵は4名。入り口に1人、壁際に2人、椅子に座る1人、そして、テーブルを挟んだ席に座るバロンがいた。


(さて、どうしようか。入り口は一つ。正面から入って4人、殺れるか。ちょっと厳しいかな)


 1人ずつなら負けるつもりは無いが、バロンを生かしつつ、他を仕留める。どう動くか、頭の中で繰り返しなぞる。

 ジークハルトは、深く息を吐き、覚悟を決めた。石を拾い、ランタン目掛けて正確に投げると、ぱん、と乾いた音と同時に小屋の灯りが落ちる。


「なっ!なんだ!」


 暗闇の中、入り口にいた敵兵をまずは仕留める。


「敵だ!」


 侵入者に気づくが、まだ、暗闇に順応できず慌てる敵兵を、的確に急所を突いて仕留める。3人仕留めたところで、相手も闇に慣れてきたのか、剣を取りジークハルトの剣は弾かれてしまった。


「バロン様!お逃げ下さい!」


 テーブルを挟んでバロンと座っていた男には、もうジークハルトの姿も剣筋も、月明かりで見えているようだ。何度か撃ち合いを繰り返す。そうしているうちに、バロンが入り口から逃げようとしていた。脚を怪我したのは、バロンか、足取りはゆっくりである。


「ひぃ!」


 情けない声を上げ、ずるずると小屋から出ていく。あの脚ならすぐ捕まえられる。今は目の前の男を仕留める方が先だ。

 部隊長クラスか、冷静に状況を見ているようだ。ジークハルトの繰り出す剣を受け流し、自身も繰り出す。転がった椅子を掴んで投げれば、腕で薙ぎ払い剣も視線も外さない。それでも、急所は外されてもジークハルトの剣が、男の体を何度も掠めると、動きが鈍ってくる。

 ジークハルトが大きく振った剣を、男が受け流そうとした、その時、ジークハルトはわざと剣筋を変え、男の胸を薙ぎ払う。


「く、貴様。強いな…」


 男が動けないのを確認し、すぐさまジークハルトは森へお逃げたバロンを追いかける。月明かりの下、地に濡れた外套を翻しながら。


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