第八章-1 焼かれた顔
王城は、妙に静かだった。ガルデ使節団の滞在も残すところわずか。表向きは何事もなく、穏やかな外交の終幕を迎えようとしている。
「……静かすぎるな」
王城の回廊で、ルークは低く呟いた。隣を歩くジークハルトが、視線だけで応じる。
「油断はできないがな。あの男なら、最後に何か仕掛けてきそうなもんだが」
バロン・クラウゼンは、あれ以来、特に目立った行動は起こしていない。アリーシャやルークへ挑発も、接触も。あまりにも何もないことが、かえって不気味だった。ルークは立ち止まり、ジークハルトを見据える。
「国境を越えるまでは、信用出来ない」
隣にいるジークハルトも同じように立ち止まる。これから頼まれることを予想していたかのようだ。
「ジーク、影から探ってほしい。奴なら必ず何か企んでいるはずだ」
ジークの瞳が静かに細められる。
「……承知した。しばらく側を離れるぞ」
ジークハルトは、独自に行動を起こすことにした。バロンには気づかれないように。そうして、使節団がバロンへの帰国にて旅立った数日後、その知らせは唐突に訪れた。
早朝、城内に駆け込む伝令の足音が響いた。
「ご報告――!」
執務室の扉が開かれる。
「ガルデ使節団、帰国途中に襲撃。賊に囲まれ……全滅とのこと!」
空気が凍る。アリーシャの指先が、わずかに白くなる。
「……確認は」
「は。現地より急報が。生存者はおりません」
ルークの視線が、静かに鋭くなる。
「……代理官は」
「損傷が激しく、判別は困難ですが……身につけていた印章から、クラウゼン卿、本人と推定されております」
長い、長い沈黙が落ちる。ルークはゆっくりと息を吐いた。
「……そうか」
だがその目は、少しも納得していない。
一方。
国境付近の森では、ジークハルトが無言で現場を確認していた。焦げた匂いと、血の匂いが混ざる。馬車は倒れ、遺体が散乱していた。同行したレオナールが眉をひそめる。
「……やり口が雑だ」
「ええ」
ジークハルトは膝をつき、ひとつの遺体に視線を落とす。この遺体だけ、損傷が激しく、顔は判別出来ない。
「……不自然だ」
「何がだ」
「他は刃傷。これは……焼かれています」
意図的だ。顔だけを、識別できぬように焼かれている。……あの男が恨みを買って甚振られた?あるいはーー
ジークハルトは立ち上がる。
「痕跡を追います。隊長たちは一旦砦へと戻って早馬を飛ばして下さい」
「俺たちも行くぞ」
「足手纏いです」
「レオ様、我等がいれば、気取られます。」
ジークハルトの物言いに、レオナールは一瞬苛立つものの、マリウスが冷静に返す。ジークハルトが痕跡を追うのであれば、身軽な方がいい、そう判断した。
「時間が惜しい」
マントを翻し、森の奥へと足を踏み入れる。馬には乗らず、地面に残るわずかな足跡を追う。消しきれていない。
「……このまま、終わらせられるか」
静かに呟き、闇の中へ消えた。
数日後、王城へ新たな書状が届く。ガルデ王、ダグラスからだ。アリーシャは封を切り目を通す。顔色が、わずかに変わる。ルークが横から覗き込む。そこには、冷徹な文面が記されていた。
貴国領内にて我が使節団が襲撃された。
これは重大な外交問題である。
責任の所在を明らかにせよ。
国境にて説明を求む。
アリーシャは、ゆっくりと立ち上がった。
「わたくしが参ります。抗議を宣言したのは、わたくしです。ならば、わたくしが出向くのが筋」
ルークはすぐには止めない。ただ、彼女の横顔を見つめる。――張り詰めた糸のようだった。
「……大丈夫か」
ルークの問いに、アリーシャは微笑む。
「問題ないわ」
そう言った矢先――、アリーシャは俯き、静止したまま動かなかった。
「アリーシャ?」
ルークは一歩踏み出しかける。すると、アリーシャが何事もなかったように顔を上げた。
「何でもないわ」
しかし、すこし青ざめていたように見えた。
「…俺が行こうか」
「いいえ。これは、わたくしの責任です」
その言葉に、ルークは何も言えなかった。だが胸の奥で、静かに不安が広がっていく。




