第五章-2 辺境の不穏
ジークハルトがエリアスの元へと向かってしばらくすると、扉が叩かれ、宰相が入ってきた。
「失礼します。エストリアより、書簡が届いております」
アリーシャは机へ戻り、封を切った。紙を開く音が、やけに乾いて響く。
「……国交再会には余地あり、とあります。詳細はエストリアとガルデの両国で協議を進めていきたい。セレスティアは仲介として、協議の場を設けてほしい、と」
ルークは腕を組む。
「順当だな。立地としても、どちらかの国で行うのはまだ避けたいところか」
「ええ。想定内ではあるけれど、我が皇国が板挟みになる危険も孕んでいる」
さらに視線を落とす。
「ユリウス殿下個人からも、別書が」
封を開ける。
「国内では、前向きな意見もあれば慎重論も強い。双方に旨みがなければ、前進は難しい、と。そして……わたくしはあくまで仲介に徹し、どちらにも肩入れせぬように、と」
先ほどまでの温もりが、ゆっくりと薄れていく。しかし、ユリウスから信頼とも取れる内容を受け取った。アリーシャは書簡を畳む。
窓の外に目を向ける。青空は穏やかだ。
「――皇国内で、協議の場を設けなければなりませんね」
決意の声音に、ルークはうなずく。
「取り急ぎ、他の不安要素を早急に完結させたいな」
その言葉が、わずかに空気を重くする。ルークの言葉に、アリーシャはゆっくりとうなずいた。
「はい、辺境守護隊長からも報告が届いておりました」
宰相からもう一通の書簡を受け取ると、封蝋を解き、紙を広げる。
「再編は概ね順調、と。旧体制で職を離れた者の再登用、役職の見直しを進めているそうです」
ルークが低く息をつく。
「カイン寄りだった者も、か」
「はい。右派に傾いていた者も含めて、取りこぼさぬよう努めている、と」
しばし、静かな間がながれる。遠い辺境の地で、愚直なほど真面目に職務に向き合う男の姿が浮かぶ。そして、その背後で、冷静に支えているであろうマリウスの影も。
「……あいつらしい」
ルークの声は短いが、信頼が滲む。アリーシャはわずかに微笑む。
「断じるより、活かす道を選ぶ。簡単なことではありません」
「反発する者は出るだろうが、そこはなんとか鎮めてもらいたい」
「ええ」
視線を文末へ落とす。そして、指先が止まる。
「……再編に反発し、離れたと者が少数ながら存在する、と」
空気が、わずかに変わる。
「ある程度は、いるだろうな」
だが、“少数ながら”。その言葉が、胸に残る。アリーシャはゆっくりと書簡を畳んだ。
「割り切るしかありません、よね」
窓の外は、穏やかな青空。だが、その北に目をむけると、燻るものがある。アリーシャはまっすぐ前を見た。
「それでも、進むしかありません」
ルークが短くうなずく。
「警戒は強める。支援物資がガルデへ送られる。防衛は待っていられない」
「お願いします」
その時だった、足音を鳴らし、慌ただしい気配が近づく。扉が叩かれ、伝令が硬い声で報告する。
「……辺境より、急報が」
ルークとアリーシャが視線を交わす。
「申せ」
「国境付近の村にて、不審な者の出入りが増えているとのこと。盗賊の類ではないか、と」
“離れた者が少数ながら存在する”その文言が、頭をよぎる。アリーシャは静かに息を整えた。
「被害は」
「今のところ、大きなものは報告されておりません。ただ……住民に不安が広がっている、と」
まだ、怪我人はいない。まだ、“騒ぎ”に過ぎない。だが、小さな火種が、別の火と結びつく予感。アリーシャはゆっくりと立ち上がった。
「逐一報告を上げさせてください」
温もりに満ちていた午前は、静かに終わりを告げる。




