第三章-1 支援の始まり
数日後、ガルデへの支援の詳細をまとめる話し合いが始まった。文官たちが執務室へと訪れ、一つ一つ提案を行う。
「ガルデへの物資支援について、具体案がまとまりました」
差し出された書類に、アリーシャは目を落とす。比較的余剰のある中央から穀物や保存食、医療品などをまとめる。そして、皇国内北部の辺境を経由し、国境を越えガルデへと送られる。
「支援の開始は、予定通り進めてください。ただし、物資の量と期間については、定期的な見直しを」
「承知いたしました」
「エストリアへの仲介についても、あくまで橋渡しに徹しましょう」
文官たちが書き留めていく中、アリーシャは一瞬ルークの方を見る。彼は、何も言わずに頷いたが、それだけで十分だった。この場では、女皇が決断し、王配は不足があれば、補うだけ。それが、二人の役割だった。
文官が退出し、静かになった執務室。アリーシャは指先で書類の端を揃えながら、息をついた。
「……エストリアへの仲介については、今はガルデからどのような要望があるのかは分かりませんが、セレスティアが仲立ちを請け負う旨だけでも、先にお伝えしておいた方が良いかと思います。アルタイル卿へも、手紙をお送りしておいた方がいいかしら」
「そうだな、こちらの意向を伝えておけば、良いように働きかけてくれるかもしれない」
ルークは頷き、しかし視線を窓の外へ向けた。
「あとは、早急に辺境の防衛を立て直す必要がある」
アリーシャが顔を上げる。
「辺境……ですか」
「ああ。カイン殿下の地盤だった土地だ。再編は進めているが、もとより右派に傾いたところだ」
言葉は淡々としているが、そこに迷いはない。
「新たに人を立てるつもりだ」
「どなたを登用するか、目星は立っているのですか?」
「レオナール・グランディール。正規軍第3隊の副隊長で、グランディール侯爵家のご子息だ」
アリーシャの目がわずかに見開かれる。
「……グランディール侯爵家の三男?以前、あなたに挑んでいらした?」
「ああ。返り討ちにしたが、未だに懲りずに挑んでくる。思ったより気骨があるやつだ」
アリーシャは静かに考える。グランディール侯爵は右派に近い。その三男を任命する意味。
「派閥への牽制も考えてのこと?」
「それもある。だが、あいつ自身は派閥に執着していない。熱意も、野心もある」
ルークの視線が一瞬柔らぐ。信頼している者への表情に見えた。
「わかりました。そのようにお願いします」
ルークは軽く頷く。
「補佐には、グランディール侯爵の腹心がついてくれる」
「ということは、すでに侯爵には打診していらっしゃるのね?」
「ああ」
アリーシャは微笑む。
「あなたは、ずいぶん先まで見ておられるのね」
ルークは一瞬だけ視線を逸らした。
「……それが俺に出来ることだから」
「ありがとう。助かっています」
その言葉に、わずかに空気が和らぐ。
昼からルークは正規軍の兵営へと向かう。アルベルトには先に知らせており、総司令室にはアルベルトと、レオナール・グランディールの二人が待っていた。
レオナールは長身で、体格も良く、やや赤毛の硬い髪をもっていた。若さからか、まだ少し緊張も抱えた顔つきをしていた。ルークば入室すると、二人とも起立し、礼をとる。
「待たせたな。」
ルークはそれを受け、応接用のソファーへと座る。
「わざわざ足を運んでくださり、ありがとうございます。王配殿下」
「正式な通達だ。場を借りる」
アルベルトはわずかに口端を上げた。ルークはレオナールに向き直り、声を少し張り上げて伝えた。
「レオナール・グランディール副隊長」
「はっ!」
レオナールは背筋を伸ばし、真っ直ぐな瞳がルークを見据えている。
「貴官を、辺境守備隊長に任じる」
副隊長から、いきなり辺境守備隊長。レオナールは驚きを隠せず、目を見開いた。そんなレオナールを他所にルークは続ける。
「カイン一派の基盤だった地だ。再編は進めているが、未だ不満分子は潜んでいるだろう。重要な地だが――お前に任せたい」
真っ直ぐレオナールを見据え、問いかける。あえて、命令はしない。
「頼めるか」
レオナールは一瞬だけ息を呑んだ。辺境守備隊長とはいえ、若手からの抜擢である。武功を立てるには、これ以上ない舞台だ。
レオナールはすぐさま、膝をつく。
「お任せください!」
迷いのない声だった。アルベルトが笑いながら前に出る。
「腕は心配しとらん。びしばししごいたからな」
レオナールの背中をビシバシと叩きながら、しかしすぐに笑みは消え、声が引き締まる。
「だがな、隊長として赴くからには、人を使う術を学んでこい。剣を振るうだけの仕事ではない。部下を死なせるか、生かすかは、お前の判断一つで決まるんだ」
レオナールは顔を上げる。一瞬、空気が重くなるも、力強く返答する。
「肝に銘じます!」
ルークはその様子を静かに見つめていた。
「補佐には縁のある実力者をつける。だが最終判断は隊長であるお前が行うんだ」
わずかに間を置く。
「辺境は甘くない」
その言葉だけが、低く落ちた。レオナールは大きく頷いた。だがその胸には、まだ知らぬ戦場への高揚もあった。――自分ならやれる。やってみせる。
それは、栄誉であり、試練でもあった。




