第一章-1 白む空の下で 【挿絵あり】
第二部、スタートしました!
空が、かすかに白み始める頃。ルークはいつも目を覚ます。王配となった今も、この習慣だけは変わらない。早朝の鍛錬は、剣を握るためであると同時に、自身を律するための時間でもあった。
静かに身を起こそうとした、そのとき。隣で眠るアリーシャが、無意識のまま、彼の方へと身を寄せてきた。温もりを求めるように、すり、と頬を擦りつける。
昨晩も無理をさせた。そう自覚しているからこそ、彼女の安らかな寝顔に胸がちくりと痛む。彼女は女皇になったばかり、今一番大変な時期である。それなのに触れるたび、求められるたび、自分の中の渇きがさらに深くなる。
アリーシャが愛しい。求めても、求めても尽きることがない欲望を、いつも抑えられずにいる。それでも、彼女の方が必死にルークに応じようとしてくれるから、自制は容易く崩れてしまう。
ルークはそっと身をかがめ、アリーシャの額に軽く口づけを落とした。アリーシャが起きていれば、ルークの優しい笑顔に顔を赤らめただろう。
「……まだ、ゆっくり眠っていて」
申し訳なさそうに囁くように言い、音を立てぬようにベッドを離れる。
着替えを済ませ、使い慣れた愛剣を手に取ると鍛錬場へ向かう。冷えた空気の中、ただ無心に剣を振る。やがてあくびをしながらジークハルトが合流し、二人で打ち合いを行う。
ジークハルトは気だるそうに、でもいつも鍛錬には付き合ってくれる。ルークは昔から剣を振るのが好きだった。体を動かし、相手の動きを読み、次の一手を考える。その過程すべてが、ルークにとって自然なものだった。
ジークハルトとの打ち合いは、純粋に楽しい。力量が拮抗しているのもあるだろうが、ジークハルトの剣はもっと自由だ。考えもしないところから技を繰り出してくるからいつも新鮮に感じる。そして、鍛錬を行いながら、ジークからの報告を受ける。ガルデとの国境の動きは落ち着ちついていること。カイン派も粛清され、右派の動きはおとなしいこと。すべてを剣の音に紛らせて聞き流す。
一刻ほど経ち、居室へ戻ると、すでに起きていたアリーシャが彼を迎えた。
「おはようございます、ルーク」
「ああ。おはよう」
並んで朝食をとり、他愛のない話を交わす。
「そういえば……まだ噂になっているそうよ」
「何の話だ?」
「ホランド総司令官との一騎打ちのこと」
「あぁ…、そのことか」
アルベルト・ホランド、セレスティア皇国の正規軍総司令官に請われて手合わせを行ったときのことだ。アルベルトの剣は凄まじく重く、鋭い。一撃をいなしながらでないと、到底敵わない相手だった。
結果、打ち負けてしまったが、アリーシャには途中から見られていたようだ。無意識だろうが、公衆の前で惚気てくるから、ルークは居た堪れないことこの上なかった。
今でも、この話をするときのアリーシャは、まるで自分のことのように誇らしげに話すから、ルークのほうが恥ずかしくなってしまう。
「『王配殿下は、やはり只者ではない』と。訓練場では今も話題が尽きないと、ジークハルトから聞いたわ」
「アルベルト殿のほうこそ、只者ではないんだがな」
「そんなことないわ。みんな、あなたに挑戦したがっているって」
「……申し出はいくらか受けているよ」
「また、見に行ってもいいかしら?」
首を傾げなが上目遣いに言ったその言葉に、ルークは一瞬言葉を詰まらせ、やがてわずかに口元を緩めた。少し頬が赤くなっていた。
「構わないが、特に楽しいものではないだろうに」
アリーシャは紅茶を一口含み、続けた。
「私は剣を振れないけれど、見ていてとても楽しいわ。ルークの剣は、軸がしっかりある気がして、動きが綺麗だわ」
素直にそう言われて、喜んでいる自分がいる。この穏やかな朝の時間を、ルークは何よりも大切にしていた。




