短編 静寂の祈り
静かだ。
廃れた修道院の一室には、夜の気配だけが満ちている。
石壁は冷たく、蝋燭の火がかすかに揺れていた。
寝台の上で、アリーシャは眠っている。
長い睫毛が頬に影を落とし、規則正しい呼吸が、確かに生きている証を刻んでいる。
(……ようやく、ここまで来た)
胸の奥に、甘い熱が広がる。
達成感、安堵、そして――愉悦。
奪ったのではない。
取り戻したのだ。
あの時、あれほど冷たい言葉を向けられても、それでも俺は知っている。
本当の彼女を。
幼い頃、俺を見上げて笑った顔。
迷子になって、必死に名前を呼んだ声。
見つけた瞬間、泣きながら抱きついてきた小さな体。
(……あれが、真実だ)
今の拒絶など、ただの偽りに過ぎない。
余計なものに惑わされているだけだ。
俺は、椅子に腰を下ろし、静かに彼女を見つめる。
目を覚ましたとき、どう言葉をかけるか。
どんな声で、どんな表情で――。
(怖がらせてはいけない)
力ではない、
怒りでもない、
必要なのは、理解だ。
優しく、諭すように、昔と同じように。
「大丈夫だ、アリーシャ。俺が、ここにいる」
そう告げれば、きっと思い出す。
自分が、どこに帰るべきだったのかを。
(……愛は、時間を要する)
焦る必要はない。
彼女は逃げられない。
ここには、俺しかいないのだから。
蝋燭の火が、わずかに揺れた。
その光の中で、カインは微笑む。
それは慈愛のようでいて、どこまでも独りよがりな、確信の笑みだった。
やがて彼女は目を覚ます。
その瞬間から、すべては始まる。
――俺と、彼女の、正しい物語が。




