短編-1 回廊の面影
本編よりも時系列としては前になります。
初めて王城に登城した日のことを、俺は今でもはっきり覚えている。
石造りの回廊は、どこまでも白く、冷たかった。
装飾は多いが、人の温度が感じられない――そんな城だと思った。
その時だった。
視界の端を、金色が横切った。
思わず足を止める。
振り向くと、少し離れた回廊を、一人の少女が歩いていた。
金の髪を背に流し、淡い色のドレスを纏った後ろ姿。
後方には侍女がいる。
護衛もいる。
だが――
(……孤独だな)
理由はわからない。
ただ、そう感じた。
彼女は俯きがちで、歩調は静かで、誰かに話しかける様子もない。
まるで、そこにいるのに、いないような。
あれが、セレスティア皇国の皇女――アリーシャ・セレスティアだと知ったのは、後になってからだ。
*
俺は新興貴族だ。
それも、母について幼少期は各国を転々としていた。
王が民を顧みない国。
血統だけが価値を持つ国。
声を上げた者から消えていく国。
俺は、そういう国をいくつも見てきた。
だから、わかる。
――声を奪われた人間の顔が。
あの回廊ですれ違ったアリーシャの顔は、まさにそれだった。
(何も言わないように、教え込まれている)
そう感じた瞬間、胸の奥に、ひどくざらついた感情が残った。
彼女は、守られていると同時に、閉じ込められている。
それは、俺が各国で見てきた「穏やかに滅びていく国」の始まりと、よく似ていた。
*
それから、何度か彼女を見かけた。
書庫の前。大聖堂へ向かう途中。政務の合間の、ほんのわずかな時間。
いつも静かで、慎ましくて。
だが、目を伏せている時の表情は――
(……何かを考えている)
確かに、そう思った。
国のことを。
兄王のことを。
自分が、そこに立てない現実を。
俺は、彼女に話しかけたことはない。
名を呼んだことすらない。
それでも、なぜか目で追っていた。
(この人は……解き放たれた時、きっと強くなる)
それは、恋ではなかった。
だが、そう予感していた。
*
ケイネス王の視察に同行したのは、偶然ではない。
あの王は、珍しい人物だった。
血や立場よりも、「何を考えているか」を見ている。
さすが――あの皇女の兄だった。
視察の道中、王は何度か、妹君の話をしてくれた。
「アリーシャは、学ぶことが好きでね」
「だが……前に出るのは、向いていない」
その言葉を聞いた時、俺は思った。
(違う。前に出ることを、許されていないだけだ)
だからこそ。
崖崩れの夜、王が俺の名を呼んだ時、迷いはなかった。
国を守れという言葉より先に、彼は妹の名を口にした。
――託されたのだ。
この国の未来と、声を奪われた皇女を。
*
だから、最初から決めていた。
彼女を、「皇女」としてではなく、「一人の人間」として扱うと。
疑われてもいい。
拒まれてもいい。
それでも、俺は――彼女の選択を、奪うつもりはなかった。
回廊で見た、あの抑え込まれた横顔を、二度と見たくなかったから。




