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短編-1 回廊の面影

本編よりも時系列としては前になります。

 初めて王城に登城した日のことを、俺は今でもはっきり覚えている。

石造りの回廊は、どこまでも白く、冷たかった。

装飾は多いが、人の温度が感じられない――そんな城だと思った。

その時だった。

視界の端を、金色が横切った。

思わず足を止める。

振り向くと、少し離れた回廊を、一人の少女が歩いていた。

金の髪を背に流し、淡い色のドレスを纏った後ろ姿。

後方には侍女がいる。

護衛もいる。

だが――


(……孤独だな)


 理由はわからない。

ただ、そう感じた。

彼女は俯きがちで、歩調は静かで、誰かに話しかける様子もない。

まるで、そこにいるのに、いないような。

 あれが、セレスティア皇国の皇女――アリーシャ・セレスティアだと知ったのは、後になってからだ。

 




 俺は新興貴族だ。

それも、母について幼少期は各国を転々としていた。

王が民を顧みない国。

血統だけが価値を持つ国。

声を上げた者から消えていく国。

俺は、そういう国をいくつも見てきた。

だから、わかる。

――声を奪われた人間の顔が。

あの回廊ですれ違ったアリーシャの顔は、まさにそれだった。

(何も言わないように、教え込まれている)

 そう感じた瞬間、胸の奥に、ひどくざらついた感情が残った。

彼女は、守られていると同時に、閉じ込められている。

それは、俺が各国で見てきた「穏やかに滅びていく国」の始まりと、よく似ていた。





 それから、何度か彼女を見かけた。

書庫の前。大聖堂へ向かう途中。政務の合間の、ほんのわずかな時間。

いつも静かで、慎ましくて。

だが、目を伏せている時の表情は――


(……何かを考えている)


確かに、そう思った。

 国のことを。

 兄王のことを。

自分が、そこに立てない現実を。

俺は、彼女に話しかけたことはない。

名を呼んだことすらない。

それでも、なぜか目で追っていた。


(この人は……解き放たれた時、きっと強くなる)


 それは、恋ではなかった。

だが、そう予感していた。





 ケイネス王の視察に同行したのは、偶然ではない。

あの王は、珍しい人物だった。

血や立場よりも、「何を考えているか」を見ている。

さすが――あの皇女の兄だった。

視察の道中、王は何度か、妹君の話をしてくれた。


「アリーシャは、学ぶことが好きでね」


「だが……前に出るのは、向いていない」


 その言葉を聞いた時、俺は思った。


(違う。前に出ることを、許されていないだけだ)


 だからこそ。

崖崩れの夜、王が俺の名を呼んだ時、迷いはなかった。

 国を守れという言葉より先に、彼は妹の名を口にした。


 ――託されたのだ。


 この国の未来と、声を奪われた皇女を。

 




 だから、最初から決めていた。

 彼女を、「皇女」としてではなく、「一人の人間」として扱うと。

 疑われてもいい。

 拒まれてもいい。

 それでも、俺は――彼女の選択を、奪うつもりはなかった。

回廊で見た、あの抑え込まれた横顔を、二度と見たくなかったから。




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