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最終章-2 発起

午後、執務室で改めて報告がなされた。


「カイン・シュバルツは、あの後、邸へ戻っておりません」


 宰相の声は低く、慎重だった。


「王都近辺での目撃もなく、行方をくらませています。

ただし……右派の一部貴族が、動いている形跡があります」


 匿っているのか。

あるいは、利用しているのか。

どちらにせよ、所在は特定できていなかった。


「……あの男は、近いうちに決起するでしょう」


 ルークの言葉に、誰も否定しなかった。

説得や和解の可能性は、誰も口にしなかった。


「これは反乱ではありません」


 宰相が続ける。


「彼は、自分こそが正しいと信じているでしょう」


 ルークは、黙って聞いていた。

 それが、最も厄介だということを、誰よりも理解している。

 




 話が一区切りついた後、宰相は一瞬、言葉を選ぶように視線を伏せた。


「……フロレンスのことですが」


あえて敬称を付けず、名前で切り出してきた。

ルークは、すぐには反応しなかった。


「彼女は……危険な女性ではありませんでした」


 宰相は、淡々と続ける。


「堂々と意見を述べた。

権威や立場など、飛び越えて。

その存在は眩しすぎて……皇国にとって、都合の悪い存在でした」


 当時の自分には、地位も、発言力もなかった。

庇いきれず、結果として彼女は、幼いルークを連れて国を去った。


「……今でも、後悔しています」


 それは弁明ではなかった。

ただの、事実の提示だった。


 ルークは、しばらく黙っていた。

宰相が自分に向ける視線が、他と違うことは感じていた。

過剰に口出しをせず、だが、常に一歩引いたところから見守るような態度。

何か理由があるのだろう、とは思っていた。

だが、それを確かめるつもりはなかった。

 やがて、短く答える。


「……誇れる人でした」


 それだけで、十分だった。

過去を責める必要はない。

彼はもう、進むべき道を知っている。





  南部より、急報がもたらされたのは、夕刻を過ぎてからだった。


「……カイン・シュバルツが、兵を率いて立ちました」


 報告を受け、執務室の空気が一瞬だけ張り詰める。

だが、アリーシャは取り乱さなかった。

静かに、深く息を吸う。

逃げ場は、もうない。

避けることも、先延ばしも、許されない。


「……規模は」


「正確な数は不明ですが、右派の私兵を中心に、相当数かと」


 アリーシャは、短く頷いた。

視線を上げ、ルークを見る。そこに、迷いはなかった。


「王配殿下に命じます」


 はっきりとした声。それは、妻としての言葉ではない。


「兵を率い、迎え撃ちなさい。

――この反乱を、ここで止めてください」


 統治者としての、正式な命だった。

ルークは、即座に膝をつく。


「……御意に」


 その返答に、感情はなかった。

だが、覚悟は揺るがない。

命令を下した後、アリーシャは一歩、彼に近づいた。

躊躇うことなく、腕を回す。

強くは抱きしめない。

ルークの胸に顔を埋め、そして、顔を上げる。


「必ず……わたくしの元へ、戻ってきてくださいね」


 その言葉に、命令の響きはなかった。

帰る場所はここだと、伝えたかった。


 ルークは、彼女の背に腕を回し、抱き止める。


「……必ず」


 短い言葉。

だが、それで十分だった。

アリーシャは、微笑む。

覚悟を決めた顔をしていた。


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