最終章-1 贖罪
幼い頃、ルークは母と共に、いくつもの国を渡り歩いた。
血統の正しさを誇りながら、平然と民を切り捨てる国があった。
逆に、名も持たぬ者が、責任だけを背負い続ける場所もあった。
国の形は、実にさまざまだった。
だが、どこへ行っても、共通していることが一つだけあった。
――奪う者は、他者に選択を許さない。
守ると言いながら、決めつける。
導くと言いながら、従わせる。
正しさを盾にして、声を奪う。
母は、多くを語らなかった。
過去を恨むことも、誰かを糾弾することもなかった。
ただ、どんな土地でも背筋を伸ばし、自分で選んだ道を、最後まで歩いていた。
追放された国でも。
名を奪われた場所でも。
決して、下を向かなかった。
だから――ルークは知っている。
守るとは、真綿に包んで何事からも遠ざけることではない。
意思を奪うことでもない。
選択を尊重し、その先に、立ち続けることだと。
それが、彼の思想の根だった。
*
修道院から王城へ戻った頃には、日はすでに高く昇っていた。
城門をくぐった瞬間、ネリーが走り寄ってくる。
人目も憚らず、アリーシャの前に膝をつき、そのまま縋りついた。
「姫様……よく……ご無事で……」
声は震え、言葉になっていなかった。
いつも背筋を伸ばし、感情を表に出さないネリーの姿とは、あまりにも違う。
その憔悴ぶりを見て、アリーシャはようやく理解した。
あの夜、城に残された者たちもまた、恐怖の中にいたのだと。
「……心配をかけましたね、ネリー」
そう言って、そっと肩に手を置く。
それだけで、ネリーは声を殺して泣いた。
ほどなくして、報告が入る。
護衛のエリアスは、足に深い傷を負っていた。
しばらくの療養が必要だが、命に別状はないという。
そして――アンナ。
俯いたまま、深く頭を下げ、自責の言葉を繰り返した。
「……すべて、私の責任です。
どのような処罰でも、受けます」
震える声。
自分を責めることでしか、立っていられない様子だった。
アリーシャは、しばらく彼女を見つめてから、静かに告げる。
「アンナ。あなたを責める気はありません」
アンナが、はっと顔を上げる。
「わたくしは……あなたが、今までどれほど献身的に仕えてくれたかを知っているわ。
今回の件で、そのすべてが否定されるはありません」
処罰は、減俸のみ。
それ以上は命じなかった。
「……これからも、仕えなさい。
それが、あなたにできる償いです」
アンナは唇を噛みしめ、深く頭を下げた。
アリーシャは、それを受け止める。
情ではない。
裁きでもない。
女皇として下した、判断だった。




