表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/44

第七章-2 修道院の夜

最初に感じたのは、冷たさだった。

 石作りの壁。

 掛けられた薄い毛布。

 見慣れない天井。


(……ここは……)


 アリーシャは、ゆっくりと意識を取り戻した。

身体を起こそうとして、気づく。

両手が、背中で縛られている。

息を呑んだ、その時。


「目が覚めたか」


 落ち着いた声が、すぐ近くから聞こえた。

視線を向けると、簡素な寝室の片隅に、ソファにカインは座っていた。

足を組み、深く腰掛け、当然のようにこちらを見ている。


「……カイン、兄様」


 喉がひどく乾いていた。


「無理に起きなくていい。

怖い思いをさせたな」


 その言い方が、かえって恐ろしい。

カインはゆっくりと立ち上がり、アリーシャのもとへと歩み寄る。

カインの表情は変わらず微笑んでいる。

それが言いようのない恐怖を与えた。


「何のために、こんなことをなさるのですか」


アリーシャは気丈に問いかける。

その問いに、彼の口角がさらに上がる。


「決まっている。君を、迎えるためだ」


 アリーシャの胸が、強く脈打つ。


「私と結婚し、妻として私を支え、この皇国を、共に導いていく」


 それが、君の幸せであり、国のためでもある、と。

その口調は、断定だった。

アリーシャは、深く息を吸った。


「……それは、できません」


 カインの眉が、わずかに動く。


「わたくしは、ルークを選びました。

彼と共に、この国を率いていくと……決めています」


 はっきりと。

 逃げずに。

 カインは、静かに首を振った。


「それは、違う」


 否定は、あまりにも迷いがなかった。


「お前は、迷っているだけだ。

突然現れた男に、寄りかかっているだけ」


 カインはベッドの端に腰掛ける。

視線が、絡め取るように離れない。


「本当の覚悟は、まだそこにない。所詮――」


「自分で選んだつもりになっているだけだよ、

アリーシャ」


(この人は、私の言葉なんて届いていない)


 アリーシャは、唇を噛みしめる。


「……違います」


 震えはあった。だが、声は折れなかった。


「ちゃんと考えて、自分で選びました」


「わたくしは……もう、祈るだけの存在ではありません!」


 その言葉に、カインの笑みが、ほんの一瞬だけ歪んだ。

だが、すぐに元に戻る。


「なら、時間をかけて、教えてあげよう」


 古いベッドが軋む。

カインはアリーシャの髪を掬い上げ、口付けをする。


「君は、必ず思い直す」


「誰の隣が、正しかったのかを」


 それは、説得ではなく、確信だった。





 夜明けとともに、ルークは王城へと戻る。

捜索にあたっていたヴァンやディートリヒからの報告を受けた。

夜も深まる頃、城門を開け、南へと向かった一団がいたと。

わずかな痕跡を頼りに、夜道を馬で駆ける。

追従するのはヴァンとディートリヒ、ジークハルトと近衛騎士団数名、迅速性を重視した編成だった。


ジークハルトが地面に屈み、土を指でなぞる。

暗闇でもかすかな痕跡を探し出し、大まかな馬の数から敵の人数を推測する。


「おそらく10人くらいはいるだろう。

相当飛ばしている」


「この辺りに隠れられそうな場所はあったか?」


「さあな、だが目立つ場所は選ばんだろ。」


 ルークは、黙って地図を広げた。


 北へ。

街道を外れ、人の寄りつかない場所。


「……使われてない修道院があるな」


 直観だった。


「急ぐぞ」


 ルークは手綱を強く握りしめる。


(……あの男だ)


「必ず、救い出してみせる」


 その声は低く、揺るがなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ