第七章-1 奔走する
夜明け前、視察先の仮営地は静まり返っていた。
ルークは、地図を広げたまま椅子に腰掛けていた。
サムロール領――街道、防衛、徴税。
頭は冴えていたが、胸の奥に、言いようのない違和感が残っている。
その時、外で馬のいななきが響いた。
「――王配殿下!」
駆け込んできた伝令の顔を見た瞬間、ルークは、嫌な予感を確信に変えた。
「どうした」
「王城より、急報です。
王妃殿下と、侍女アンナが――行方不明に」
一瞬、音が消えた。
「……いつからだ」
「夜半。
庭園で、王妃殿下の肩掛けと負傷した護衛が発見されています」
ルークは、立ち上がった。
取り乱さなかった。ただ、短く命じる。
「馬を用意しろ。
夜が明ける前に戻る」
剣を取り、外套を掴む。
(……無事でいてくれ!)
*
王城の庭は、騒然としていた。
近衛兵が走り、灯りが増え、静寂は完全に失われている。
ネリーは、急ぎ近衛兵へと捜索の依頼、ルークへの伝令、宰相への報告を行なった。
負傷し意識を失っていたエリアスは救護室へと運ばれていった。
ネリー自身が主だって動けることなど多くない。
ディートは席を外した自分を責めてはいたが、今は捜索に当たってくれている。
ネリーは肩掛けを握りしめたまま、噴水の前に立っていた。
(あの時…)
問いただすべきだった。
止めるべきだった。
だが、泣き言は言っていられない。
ルークが戻れば、きっとすぐにアリーシャを救い出してくれるだろう。
そう希望を繋いでいた。
*
馬で駆ける一団が夜道を走っていた。
灯りはなく、外の景色はほとんど見えない。
アンナは、前を走るカインと、その腕に抱かれ眠っているアリーシャを見つめていた。
視線を落とすと、指が震えているのがわかる。
アンナを抱えて走る男――カインの側近がアンナに声をかける。
「変な気は起こすなよ。殿下のためだ」
その言葉に、アンナは歯を食いしばった。
(違う……)
こんなことが姫様のためな訳ない。
かすれた声で尋ねる。
「……なぜ、わたしも」
男が答える。
「口止めと、……あなたには姫の世話をしてもらうためだ」
アンナは、唇を噛みしめた。
自分は “使える”と判断されたのだ。
月明かりの下、馬車は進む。
王城から遠ざかり、戻れない距離へ。
(……私のやって来たことは間違いだったの?)




