第六章-1 影は静かに根を張る
午後の光が、王城のサロンに柔らかく差し込んでいた。
窓辺には白いカーテン。
来客用の椅子と卓が整えられ、静かな空気が保たれている。
アンナは、扉の前で一度だけ深呼吸をした。
(……大丈夫)
言葉を交わすだけ。それだけだ。
「姫様、こちらでシュバルツ卿がお待ちです」
カインから、少し話がしたいとアリーシャへ使いがやって来たのは昨日のこと。
戸惑いはしたものの、アリーシャは拒否することはせず、サロンで待ってもらう様、アンナを返答へ使わせた。
ルークへも、話をするだけ、と伝えてある。
二人きりにならないよう、ネリーやアンナも連れている。
扉を開くと、昼の光の中でカインが待っていた。
「……カイン、兄様」
アリーシャは、一瞬だけ視線を伏せ、それから顔を上げた。
「今日は、問い詰めるために呼んだわけではない」
カインはそう前置きし、距離を保ったまま話し続ける。
「ただ……君が、今この国をどう見ているのかを聞きたかった」
沈黙。
だが、アリーシャは逃げなかった。
「……まだ、わかりません」
「兄様が亡くなって……、何が正しいのか、考え始めたばかりです」
カインは、ゆっくりと頷いた。
「迷うのは、悪いことではない。
迷いを持たぬ者ほど、国を誤る」
その言葉に、アンナの胸が静かに温かくなる。
(……ちゃんと、聞いてくださっている)
アリーシャは、少しだけ息を整えた。
「ですが……考えることから、逃げたくはありません」
「支えてくれる方がいるので……今は」
一瞬の間。
カインは、否定しなかった。
「そうか」
「もう……何も言うまい」
その声音は、穏やかだった。
「ただ一つ、覚えていてほしい」
「迷いが消えない時は、私にも、頼ってほしい」
それだけを告げ、カインは一礼し、先にサロンから出て行った。
アンナは、ほっと息を吐く。
「……よかったですね、姫様!
今の姫様を、ちゃんと認めてくださったのですね……」
アリーシャは、答えなかった。
穏やかだった。
理解されているようにも思えた。
けれど。
(……なぜでしょう)
胸の奥に、小さな棘が残る。
カインは穏やかに笑っている様に見えたが――少し怖い気もした。
*
アリーシャを居室へと送ったあと、アンナは一人、回廊を歩いていた。
胸の奥が、わずかに高鳴っている。
不安ではない。
――達成感だった。
(……ちゃんと、伝わった)
姫様の今の姿。
政務に向き合い、考え、迷いながらも前へ進んでいること。
それを、カイン様は否定しなかった。
怒りも、焦りも、見せなかった。
(もしかしたら……)
このまま行けば。
この国の形を、カイン様も理解してくれるのではないだろうか。
姫様を支え、皇国を支える立場として。
そう思うと、胸が少し温かくなった。




