第五章-5 対峙
散会の宣言がなされ、議場にざわめきが戻る。
貴族たちはそれぞれ小声で言葉を交わしながら、席を立ち始めた。
アリーシャも、ルークと並んで立ち上がる。
決断を下さなかった胸の奥に、まだ重さは残っていたが、歩みは止めなかった。
――そのとき。
「アリーシャ」
懐かしいはずの声に、胸がわずかに強張る。
「……カイン兄様」
従兄。幼い頃、共に遊び、笑い合った存在。
だが今、その瞳を正面から受け止めると、理由の分からない拒絶が、喉の奥に込み上げた。
三人は議場をでて、回廊へと進む。
前を歩くカインは、立ち止まり振り返る。
一歩、距離を詰め、周囲に聞こえないように声を落としてアリーシャへ語りかける。
「今日の議会……結論が出せず、残念だよ」
責める調子ではない。
むしろ、確信を帯びた声だった。
「兄上の死は惜しい。
だが――君が迷っている間に、国は揺らぐ」
アリーシャは、言葉を返せずにいた。
「支えが必要だ」
カインは、そう続ける。
「君には。そして、この国には」
「……支える、とは」
絞り出すような問いに、カインは微笑を深めた。
彼はわずかに身を屈め、耳元で囁く。
「本来、その役目は俺のものだ。
昔から、そう決まっていた」
甘い声。
だが、逃げ道を塞ぐような圧がある。
「君に次ぐ血を引く俺が、新たな王となり、君と皇国を守る」
アリーシャは、思わず一歩、身を引いた。
その瞬間。
ルークが割って入る。
「カイン殿」
低く、落ち着いた声。
「議会の結論が出なかったからといって、個人的な見解を迫るのは、どうかと思いますが」
丁寧だが、明確な拒絶だった。
カインは一瞬、ルークを見つめ、すぐに笑みを作る。
「個人的か?
では聞こう、ルーク・アリスター」
声に、わずかな嘲りが混じる。
「君の身分で、皇女の隣に立つ資格があるのか」
回廊の空気が、ひやりと冷えた。
通りすがる貴族たちの視線が、無意識に集まる。
ルークは、一歩も引かない。
「資格を決めるのは、血か?」
静かな問いに、気迫が混じる。
「名を継ぐことは、誰にでもできる。だが――」
言葉が、わずかに低くなる。
「失敗も、非難も、そのすべてを引き受ける覚悟がなければ、皇女の隣に立つ意味はない」
それ以上、ルークは語らないが、堂々とカインへと向かった。
その様子に、貴族たちが息を呑む。
アリーシャは、胸の奥で何かが震えるのを感じていた。
(……この方は)
血を否定したわけではない。
伝統を蔑ろにしたのでもない。
ただ――自分が立つ理由を、示しただけ。
カインは笑みを崩さず、視線をアリーシャへ向ける。
「で、姫はどう思う?」
一瞬、喉が詰まる。
逃げ道はいくらでもあった。
曖昧に微笑み、言葉を濁すこともできた。
――それでも。
アリーシャは、小さく息を吸い、口を開く。
「……ルークは」
「兄様が、信頼した方です」
声は震えた。だが、目は逸らさない。
「そして、わたくし自身が、
――皇国のために、この婚姻を選びました」
沈黙。
それは、拒絶ではない。
だが、譲歩でもなかった。
ルークが、わずかに驚いた表情をする。
カインの瞳が、ほんの一瞬、冷たく光る。
「……そうか。それがお前の答えなのだな」
「失礼します」
ルークはアリーシャを連れてその場を歩き出す。
アンナは、ネリーと共にアリーシャに追従しようとした。
そのとき――
「久しいな、アンナ」
低い声に、足が止まる。
カインに声をかけたのはカインだった。
「お久しぶりでございます。カイン様」
カインは穏やかに言った。
「妹によく支えてくれている。
感謝するぞ」
胸が、わずかに締めつけられる。
「気丈に振る舞ってはいたが、この様な場は、堪えていたはずだ。
こういう時こそ、周りにいるものの支えが必要だ。
よろしく頼むぞ」
それだけ言って、カインは去った。
アンナは、その背を見送ったまま動けなかった。
(……姫様のため、私は私にできることをするわ)
一方、カインはその場を去ったあと、笑顔は消えていた。
(今は、その選択が正しいと思っているだけだ。
本当にアリーシャを、この国を守れるのは――俺だ)
そして、その確信は、静かに刃へと変わっていく。




