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第四章-4 従兄との邂逅

 夕刻、追悼の晩餐が始まる。

そこは大聖堂とは違う、まったく別の緊張が満ちる場である。

兄を失った皇女がいかにして国を背負うのか、王配の地位に運良く座ったのはどんな男か。

弔意を装った好奇の視線が、再びアリーシャに向けられる。

囁きが、耳元を掠める。

中には厚かましくも亡き王を偲ぶふりをしながら、不躾に聞いてくる者もいた。

 その瞬間、ルークが静かに一歩前に出た。


「本日は、故王を偲ぶ席です」


 低く、よく通る声。


「それ以上の話は、控えていただきたい」


 場の空気が、すっと整う。

誰もが、それ以上踏み込めないと悟ったのだ。

ルークはそれ以上何も言わず、すぐに元の位置へ戻る。

アリーシャは、小さく息を整えた。


「……皆様、今宵は陛下のためご臨席いただきありがとうございます。

ささやかではありますが、こうして歓迎の場を設けさせていただきました。

どうか、ごゆるりとご談笑ください」


その口上を合図に、晩餐が始まった。

次々と弔意の挨拶に訪れる来賓に応じながら、時間は静かに流れていく。

微笑を貼り付け、言葉を選び、姿勢を保ち続ける。

それでも、疲労の色が隠せなくなってきた頃――

一人の男がアリーシャの前に立つ。


首都の北方、隣国デルガとの国境を守護する辺境伯、カイン・シュバルツ。

ケイネスとアリーシャの従兄にあたる男だ。

金髪に碧眼、その顔立ちは兄王にどこか似ているが、纏う空気はまるで違う。

ケイネスが柔和であったのに対して、カインのそれは鋭く、張り詰めていた。


「突然の悲報に接し、心よりお悔やみ申し上げます」


丁重な口調。

だが、その視線は、まずアリーシャではなく――ルークへと向けられていた。


「殿下におかれましても、さぞ胸を痛めておられるでしょう」


「…ありがとうございます」


アリーシャは慎重に言葉を返す。

カインは、ほんの一瞬だけ頷いた。

――それから、改めてルークに視線を移す。


「噂には聞いております。

新興とはいえ、随分と落ち着いておられる」


評価とも、牽制とも取れる言葉。

ルークは表情を変えず、静かに応じた。


「恐れ入ります。

若輩の身ですが、陛下に頂いたご恩を誠心誠意お返しする所存です。」


それだけだった。

多くを語らず、媚びず、しかし引かない。

その態度を、カインは一瞬、興味深そうに眺めた。

――やがて、薄く笑みを浮かべる。


「……なるほど」


それ以上は、何も言わない。


「本日は、お二人ともお疲れでしょう。

長居は無用ですね」


 そう告げると、再びアリーシャに一礼し、静かに身を引いた。

その背が人波に紛れるのを見送りながら、アリーシャはようやく胸の奥の緊張が、ほんのわずか緩むのを感じた。


長い一日が、ようやく終わる。

晩餐が終わり会場を後にすると、人の視線も、探るような沈黙も、そこにはなかった。

アリーシャは数歩進んだところで足を止め、思わず深く息を吐いた。


「……はぁ……」


 無意識だった。

胸の奥に溜め込んでいたものが、一気に抜け落ちるような吐息。

背筋を伸ばしていた力が、ようやく緩む。

ルークは、すぐ隣でその様子を見ていた。

何も言わず、急かさず、ただ歩調を合わせていた男が、静かに口を開く。


「……よく、あそこまで気丈に振る舞えておられました」


 低く、穏やかな声。


「無理をしていたのは、誰の目にも明らかでしたが……それでも、崩れなかった」


 責める響きはない。誇張もない。


「十分です。いや――よく頑張られた」


 その一言で、張りつめていた糸が、ぷつりと切れた。

アリーシャは立ち止まり、胸元に手を添える。


「……ちゃんと、出来ていたかしら」


 自分でも驚くほど、小さな声だった。


「失礼は、ありませんでしたか。

皆様の前で……兄の名を、汚してはいませんでしたか」


 やり遂げた安堵と、緊張が途切れた反動が、同時に押し寄せてくる。

足の感覚が、少しだけ頼りない。

ルークは、そっと彼女の肩に手を添える。


「大丈夫です」


 即答だった。


「誰かの言葉を借りず、自分の言葉であの場に立っておられた」


そう言ってから、一拍置く。


「ご立派に見えましたよ。

……少なくとも、俺には」


 アリーシャは、ほんの一瞬、ルークを見上げる。

前を向いているルークの表情はしっかりと見えない。でも、評価でも、励ましでもない、正直な言葉だった。


「……ありがとうございます」


 息を整えながら、静かに微笑む。


「本当は……とても怖かった。

でも……貴方が隣にいてくれて、心強かったです」


 その言葉に、ルークは小さく頷いた。


「もう、休みましょうか」


 アリーシャは、ゆっくりと頷いた。


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