第四章-1 執務室へ
翌朝、アリーシャはルークへ専属の侍女と護衛を紹介した。
「改めまして、私の専属侍女として仕えてくれているネリーとアンナです。」
アリーシャは穏やかに微笑み、二人を振り返る。
「二人とも長く、わたくしを支えてくれています。
……姉のような存在です」
ネリーは一歩前に出て、静かに一礼した。
「ネリーと申します。
今後とも、姫様――いえ、王妃殿下をお支えさせて頂きます」
アンナも続き、柔らかな笑みを浮かべる。
「アンナでございます。
至らぬ点も多いかと存じますが、どうぞよろしくお願いいたします」
ルークは二人の前に立ち、深く頭を下げた。
「こちらこそよろしく頼む。
至らぬ点は私も同じです。
これからも力を貸してください。」
その態度に、ネリーは一瞬だけ視線を上げた。
言葉よりも先に、誠実さが伝わる。
続いて、アリーシャは護衛騎士を紹介する。
「こちらは護衛のクラウス卿とフェルナー卿です。
ディートリヒ・クラウスは、近衛騎士から先日アリーシャ専属護衛となったばかりだ。
近衛騎士の中では中堅に位置していたベテラン騎士である。
ディートリヒは無駄のない所作で頭を下げる。
「ディートリヒ・クラウスです」
エリアス・フェルナーはこれまでと変わらず護衛の任につく。
「エリアス・フェルナーです」
「よろしく。
これまで以上に王妃の守護をお願いします」
ルークは二人にも言葉をかけた。
*
二人で朝食をとった後、いよいよアリーシャは未知の領域へと足を踏み出す。
ルークは夫として静かにアリーシャをエスコートしながら歩いた。
そこは、これまでケイネスの空間であり、アリーシャが立ち入ることを許されなかった場所――執務室だ。
(今日からはここが、私の立つ場所になる)
重い扉が開かれ、中へ入ると落ち着いた色調のカーテンは開かれ、陽の光が入り込んで明るい室内。
中央には応対用のソファが対で置かれ、壁には大量の本が収められている。
本棚の手前には、大きな執務机が2つ置かれている。一つは扉から正面に位置する場所に置かれたものと、それに向くようにおかれたもうひとつ。
中へ入ったのは初めてだが、至る所にまだケイネスの存在がいる気がして、胸が締め付けられる。
アリーシャはもう一つの方へ足を向けようとする。
「殿下」
ふいにルークがアリーシャの手を引き、歩みを止める。
「そちらではありません。
――主の席はこちらです」
ルークに促され、大きな机の前に立った。
訪れたものが、否応なく最初に視界に入れる位置。
その執務室の主の席である。
アリーシャは、初めて言いようのない重圧を感じた気がした。
その時、控えめなノックが響いた。
「失礼いたします」
扉を開けて入ってきたのは、落ち着いた身なりの青年だった。
一歩、室内に入った瞬間、彼の視線は無意識のうちに執務机へと向かう。
――そして、一瞬だけ、動きが止まった。
正面に立つアリーシャ。
その少し後ろ、補佐の位置に控えるルーク。
状況を理解するのに、説明は要らなかった。
「王妃殿下」
ジークハルトは膝を折り、深く頭を垂れる。
「お初お目にかかります。
ルーク様の侍従を務めております、ジークハルト・ペイルと申します。
以後は――殿下の御前にて、政務の補佐をさせていただきます」
その言葉に、ルークが静かに頷いた。
「彼は信頼できます。今日からは、彼も私についてあなさの補佐を行います」
アリーシャは小さく息を吸い、頷き返す。
「よろしくお願いします、ジークハルト」
その声は、まだ硬い。けれど――もう、逃げる場所には立っていなかった。




