表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/36

広場の試食会

いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 温かい応援のおかげで、頑張れています。どうぞお楽しみください!

 ナマズ狩りに向かう前日。  


 私たち――私とアレク、そしてマリーは、村の中央にある小さな広場にいた。


 そこには、古びた井戸と、集会に使われる朽ちかけたベンチがあるだけ。  

 普段は寒風が吹き抜けるだけの寂しい場所だが、今日は違った。


「さあさあ、寄ってらっしゃい! 旅の行商人が持ってきた、世にも珍しい『黄金の料理』だよ!」


 アレクの威勢のいい声が響き渡る。  

 私たちは泥から引き上げたばかりの荷車を即席の屋台にし、そこに大鍋を据え付けていた。


 村人たちが、何事かと家から顔を出す。

 娯楽なんて何もない冬の終わりの村だ。行商人が店を開いたとあれば、暇つぶしがてら集まってくる。


「なんだい、兄ちゃん。何を売ってるんだ?」


「いい匂いがするけど……」


 集まってきた村人たちは、しかし鍋の中身を見て一斉に顔をしかめた。


「なんだ、これ……『オークの足指』じゃないか」


「やっぱりそうか。匂いはいいけど、結局はあの家畜の餌だろ?」


「騙されるなよ。煮ても焼いても泥の味しかしないぞ」


 予想通りの反応だ。  

 彼らは遠巻きに囲むだけで、誰も近づこうとしない。蔑むような目。  

 この村で『オークの足指』を食べるなんて、人間としての尊厳を捨てる行為だと思われている。


「いらっしゃい! 一皿、銅貨一〇枚で……」


 アレクが商売人の習性で値段を言おうとした瞬間、私は彼の方を叩いた。


「アレクさん。今日は『商売』じゃありません」


「えっ? でもハル、油も塩もタダじゃないんだぞ?」


「わかってます。でも、まずは知ってもらわないと。……これは未来への『投資』です」


 私はアレクを制止し、村人たちに向かって声を張り上げた。


「お金はいりません! 今日は特別に、すべて『無料』で振る舞います!」


 その言葉に、どよめきが起きた。


「無料だと?」


「タダで食わせてくれるのか?」


「……どうせ、腐りかけの処分だろ?」


 まだ疑っている。貧しい彼らにとって、「タダより高いものはない」というのが生活の知恵なのだ。


「腐ってなんかいません。私の腕前を信用してもらうための『試食会』です!」


 私は腕まくりをして、かまどの火力を最大に上げた。  

 鍋の中の油が、煙が出るほど熱される。


「皆さん、よく見ていてくださいね。これはただの芋じゃありません。魔法の料理です」


 私は下処理を済ませた大量の芋を、一気に油の中へ投入した。


 ジュワァァァァァ――――ッ!!!


 広場に爆音が響いた。  


 水分が弾ける激しい音に、村人たちが「うおっ!?」とのけぞる。  

 鍋から立ち昇る白い煙。  

 そして、風に乗って運ばれる「暴力的な香り」。


 油の香ばしさ。焦げる芋の甘い匂い。  

 さらに、隠し味として投入した『犬泣ニンニクかせ』の微塵切りが、食欲中枢を直接殴りつけるような刺激臭を撒き散らす。


「な、なんだこの匂いは……!」


  「腹が……腹が減る匂いだ……」


「これが、あの芋の匂いなのか?」


 ざわめきが変わった。

 軽蔑から、驚愕へ。そして、抗えない本能的な渇望へ。  

 広場に充満する匂いは、空腹の限界にある村人たちにとって、拷問に近い誘惑だった。


 私は揚がったばかりのポテトをザルに上げ、貴重な岩塩を惜しげもなく振った。

 シャカシャカと振るたびに、黄金色のスティックが踊る。


「はい、マリー。出番よ」


「うん!」


 私は最初の一皿を、看板娘のマリーに手渡した。  

 マリーは村人たちの前で、熱々のポテトを一本つまみ上げた。  

 フーフーと息を吹きかけ、ぱくり。


 サクッ。


 静まり返った広場に、小気味よい音が響く。  

 マリーは口いっぱいに頬張り、とろけるような笑顔になった。


「ん〜っ! おいしぃ〜!」


 その一言と、幸せそうな表情。  

 それが何よりの宣伝だった。  

 ゴクリ、と村人たちが喉を鳴らす音が連鎖する。


「……タダなら、もらってやろうか」


 人垣を割って出てきたのは、村一番の長老である村長だった。  

 彼は杖をつきながら、疑り深い目で屋台に近づいてきた。


「村長、やめたほうが……」


「いや、匂いは確かに極上じゃ。それに、幼いマリーが食って平気なんじゃ、毒はあるまい」


 村長が手を差し出す。  

 私は揚げたてのポテトを大きな葉っぱに包み、笑顔で渡した。


「熱いので気をつけてくださいね」


「ふん。……いただきますじゃ」



 村長は一本つまみ、口に運んだ。  

 固いものが噛めないお年寄りだ。もし硬かったら、すぐに吐き出すだろう。

 村人全員が固唾を飲んで見守る中、村長がポテトを噛んだ。


 カリッ。  そして、ホフホフ……。


 村長の動きが止まった。  

 シワだらけの顔が、くしゃりと歪む。


「……村長?」


「お、おい、大丈夫か!?」


 村人が駆け寄ろうとした時、村長が叫んだ。


「柔らかぁぁぁぁいっ!!」


 ええっ!? と全員がのけぞった。


「なんじゃこれは! 歯がいらん! 外はカリカリじゃが、中は雪解けのようにトロトロじゃ! 芋の筋っぽさが微塵もない!」


 村長は夢中で次の一本を口に入れた。


「甘い! そして塩辛い! この油のコク……たまらん! わしは今まで、こんな美味いものを食ったことがない!」


 その言葉が、せきを切った。


「お、俺にもくれ!」


 「私にも!」


 「タダなんだろ!? 早く!」


 我先にと村人たちが殺到した。  

 貧しい彼らにとって、温かくて油たっぷりの食事は、命をつなぐ灯火そのものだ。


「はいはい、押さないで! 順番です!」


「マリーちゃん、僕にもちょうだい!」


 広場は一瞬にして、即席のパーティー会場と化した。  


 あちこちで


「熱っ!」「うめぇ!」「これが足指かよ!?」


 という驚きと歓喜の声が上がる。  

 涙を流して食べている人も大勢いた。  


 長く厳しい冬の終わり。泥のようなスープしか飲んでいなかった彼らの体に、暴力的なまでのカロリーと旨味が染み渡っていく。


 用意していた山盛りの芋は、三〇分もかからずに消滅した。


「……全部、無くなっちまったな」  


 アレクが空っぽのザルを見て、少し寂しそうに、でも満足げに呟いた。  

 売上はゼロだ。油代と塩代を考えれば大赤字。  

 けれど、私たちの手元には、金貨よりも価値のあるものが残った。


「ハルよ。見直したぞ」


 村長が満足げに腹をさすりながら、私に話しかけてきた。  

 その目には、明らかな「敬意」が宿っていた。  

 それは私個人への好意というより、「食」を司る者への畏怖に近い。  

 この閉ざされた村で、不味いものを美味しくできる人間は、魔法使いと同義なのだ。


「お前の両親は変わり者じゃったが、お前も相当なもんじゃ。……まさか、あの忌々しい芋を、こんなご馳走に変えるとはな」


「ありがとうございます。でも村長、これだけじゃ足りないでしょう?」


「ん? まあ、確かに美味いが、腹の足しにはなるが……」


「もっと凄いご馳走が、あそこに眠っているんです」


 私は北の湿地帯を指差した。  村長の顔がこわばる。


「……まさか、あそこへ行く気か?」


「ええ。芋を美味しくできた私なら、アレだって美味しくできます」


 私は真っ直ぐに村長を見つめた。

 

 さっきポテトを無料で振る舞ったのは、この瞬間のためだ。  

「毒芋」を「ご馳走」に変えた実績。  

 それが、彼の中にある常識の壁を崩すための、唯一の鍵になる。


 村長はしばらく私の目を見ていたが、やがてふぅ、と息を吐いた。


「……止めても聞かん目じゃな」


  「はい。マリーのためですから」


「ならば、好きにするがいい。ただし、死ぬでないぞ」


 それは、消極的だが確かな「許可」だった。  

 周りの村人たちも、不安そうな顔はしているが、応援してくれている雰囲気だった。



(よし。これで下地はできた)


 私はアレクに目配せをした。  アレクもニヤリと笑い、頷き返す。  損して得取れ。商人見習いの彼も、この空気を感じ取ってくれたようだ。


「さて、行きますか、アレクさん」


「おう。メインディッシュの仕入れにな!」


 私たちは空になった鍋を片付け、ナマズ狩りの道具を担いで広場を後にした。  

 背中に、村人たちの複雑な視線を感じながら。  

 彼らはまだ半信半疑だ。  

 けれど、その疑いを「確信」に変えるのは、私の腕次第。


 さあ、待っていろナマズ。

 

 村のみんなの胃袋は、もう準備万端だ。

ご一読いただきありがとうございます!

思った以上に読んでくださる方がいて、とても嬉しいです。

もっと楽しんでもらえるように頑張りたいと思います。

今後の励みになりますのでもし「面白かった」「続きが読みたい」と思っていただけたら、 ページ下の【☆☆☆☆☆】からポイントを入れて応援してもらえると嬉しいです。


ブックマーク登録も、執筆の励みになります。 よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ