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泥だらけの契約

いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 温かい応援のおかげで、頑張れています。どうぞお楽しみください!

「よしっ! 力が漲ってきたぞ!」


 朝食の皿を空にしたアレクは、バンッ! とテーブルを叩いて立ち上がった。  

 その顔色は、昨日泥の中で死にかけていた時とは別人のようだ。頬は血色良く紅潮し、瞳にはギラギラとした活力が宿っている。  


『犬泣かせ(行者ニンニク)』のアリシン効果は絶大だ。


「ハル、すぐに作業に取り掛かろう。俺の荷車、今日中に泥から引きずり出して、車軸の点検もしなきゃならん」


「はいはい、わかってますよ。そんなに急がなくても、荷車は逃げませんから」


 私は苦笑しながら、空いた皿を片付けた。  

 マリーもお腹がいっぱいになって満足したのか、椅子の上でニコニコしながら足をぶらぶらさせている。


「お姉ちゃん、私も手伝う?」


「ううん、マリーは家の中でいい子にしてて。外はまだ寒いし、泥だらけになっちゃうから」


「はーい」


 マリーにお留守番を頼み、私たちは再び外の世界へと出た。


 外は相変わらずの曇天だ。

 けれど、昨日のような絶望的な寒さは感じない。体の中からカッカと熱が生まれているからだ。  

 私たちは腕まくりをして、家の前の泥道に鎮座する荷車へと向かった。


 ◇


 作業は、思いのほか難航した。  昨日は緊急避難的に動かしただけだったが、改めて見ると車輪のスポークに泥が詰まり、車軸の一部にヒビが入っている可能性がある。


「くそっ、この泥、接着剤みたいにへばりついてやがる!」


 アレクが悪態をつきながら、車輪にこびりついた粘土質の土をヘラでこそぎ落としていく。

 行商人の服はとっくに泥まみれだ。  

 私も負けじと、反対側の車輪に取り付いた。


「文句を言っても泥は落ちませんよ。……ほら、そこに水があるから、かけながらやりましょう」


  「お、おう。……ハル、あんた本当に手際がいいな」


 アレクが感心したように私を見る。  

 私は黙々と手を動かした。  

 前世、開発室の床掃除から工場のライン点検までやらされた経験が、こんなところで生きてくるとは。  

 人生、何が役に立つかわからないものだ。


 二時間後。  


 ようやく荷車の泥落としと、簡易的な点検が終わった。  

 幸い、車軸のヒビは表面的なもので、積載量を減らせば走行に問題はなさそうだ。


「ふぅー……。終わったな」


 アレクが泥だらけの手で額の汗を拭った。そのせいで顔に泥の筋がつき、まるで迷彩ペイントをした兵士のようになっている。  

 私も似たようなものだろう。  

 私たちは顔を見合わせ、プッとおかしくて吹き出した。


「ひどい顔だな、ハル」


「アレクさんこそ。立派な商人が台無しですよ」


 ひとしきり笑った後、アレクの表情がふっと真面目なものに変わった。

 彼は荷車の縁に腰掛け、私を真っ直ぐに見据えた。


「ハル。少し、真面目な話をさせてくれ」


 来た。  


 私は心の中で身構えた。ここからは、泥遊びの時間じゃない。「商談ビジネス」の時間だ。


「単刀直入に言う。……俺と、契約してくれ」


 アレクは熱っぽい口調で切り出した。


「あのポテトだ。昨日の塩味のやつも、今朝のスタミナソテーも、間違いなく金になる。俺はこの『ノワ村』で雪解けを待つ間、あの料理を売りたい」


 彼は指を折りながら説明を始めた。


「この時期、街道を行く冒険者や旅人は、みんな飢えている。保存食の干し肉や硬いパンにはうんざりしてるんだ。そこに、あんな暴力的に食欲をそそる匂いが漂ってみろ。……絶対に売れる」


「ええ、そうでしょうね」


 私は冷静に頷いた。


 屋台メシの強さは「匂い」と「ライブ感」だ。  


 ジュウジュウと音を立てて揚がる様子を見せつけられれば、空腹の人間は抗えない。


「俺が持っている『油』と『調味料』を提供する。調理器具も、俺の荷車にある鍋を使えばもっと効率よく作れるはずだ。販売と客引きは俺がやる。ハルは調理に専念してくれ」


 アレクは身を乗り出した。


「売上は折半……いや、あんたの技術料込みで、俺が四、あんたが六でどうだ? 油代は経費として引かせてもらうが、それでも十分な利益が出るはずだ」


 四対六。  


 出資者スポンサーである彼が四で、労働力プレイヤーである私が六。  

 駆け出しの行商人にしては、破格の好条件だ。  

 彼が私の腕を高く評価し、対等なパートナーとして認めてくれている証拠でもある。


 普通の村娘なら、泣いて喜んで飛びついただろう。  

 銀貨数枚が手に入れば、この春を越す食料が買える。マリーに新しい服だって買ってあげられる。


 けれど。  


 私は「元・商品開発担当」だ。  

 目先の利益だけで、契約書にハンコを押すわけにはいかない。


「……アレクさん。その条件、悪くはありません」


「だろ? なら!」


「でも、お断りします」


 きっぱりと言い放った私の言葉に、アレクが目を白黒させた。


「は、はいぃ!? 断る!? なんでだよ! 六割だぞ!? この村じゃ一生かかっても稼げない金だぞ!」


「ええ。でも、それじゃ『足りない』んです」


 私は腕を組み、荷車に寄りかかった。 ここからは、プレゼンの時間だ。


「アレクさん。あなたは『フライドポテト』をいくらで売るつもりですか?」


「え? あー、そうだな……。銅貨5枚(約50円)ってところか?」


「安すぎます。銅貨10枚(約100円)です」


 私はきっぱりと言い切った。


「えっ、たかが芋に銅貨10枚!? 高すぎないか?」


  「いいえ。あの塩味と油のコク、そして即効性のスタミナ回復効果。旅人にとって、それはただの芋以上の価値があります。銅貨10枚でも、味を知れば飛ぶように売れるでしょう」


 私は人差し指を立てた。


「ですが、それでもポテトはあくまで『軽食スナック』。数を売らなきゃ利益が出ないし、何より真似されやすい。私たちがこの村で爆発的に稼ぐには、もっと強力な武器が必要なんです」


「じゃあ、どうしろって言うんだよ! この村には芋と、臭い草しかないんだぞ」


「ありますよ。まだ」


 私は村の奥、湿地帯の方角を指差した。


「この村には、誰も手をつけていない『金脈』が眠っています」


「金脈……? まさか、鉱山でもあるのか?」


「いいえ。もっと美味しい金脈です」


 私はニヤリと笑った。


「アレクさん。あなたに『メインディッシュ』を提案します。ポテトなんて目じゃない、大銀貨1枚(約5,000円)取れるような、極上の高級料理を」


「だ、大銀貨1枚!? そんな馬鹿な! 屋台でそんな値段、王都の貴族だって出し渋るぞ!」


 アレクが素っ頓狂な声を上げた。  


 無理もない。大銀貨といえば、庶民の一ヶ月の食費に匹敵する額だ。それを一食で、しかも屋台で取ろうなんて正気じゃないと思われるだろう。


「取れますよ。その味を知れば、人は財布の紐なんて引きちぎってでも払いたくなる」


 私は一歩、彼に近づいた。


「ただし、その食材を手に入れるには、あなたの力が必要です。……ちょっと、勇気がいる相手なので」


「ハル、まさか……。お前が狙ってる『食材』ってのは……嫌な予感しかしないが…」


「村のみんなが恐れているアレです」


 私ははっきりと名前を口にした。


「『冥府の使い(ヘル・スネーク)』」


 その名を聞いた瞬間、アレクの顔から血の気が引いた。


「ば、馬鹿野郎!!」


 彼は叫んで、後ろに飛び退いた。


「あれは魔物だぞ!? 沼の主だ! あんなもん食えるか!」


 当然の反応だ。  だが、私には勝算がある。


「呪いなんてありません。泥を抜いて、特製のタレで焼き上げれば……世界が変わります」


 私は、前世で食べた「うな重」の味を思い浮かべた。  

 この世界のナマズが、前世のウナギに近い肉質だということは、開発担当者としての「目利き」が告げている。


「アレクさん。ポテトは『客寄せ』です。匂いで客を集め、銅貨10枚の手頃なポテトで舌を虜にする。そして、理性が飛んだ客に、本命の『大銀貨の蒲焼』を売りつける」


 私は彼を見上げた。


「庶民には手が出なくても、雪解けを待つ商人や冒険者なら、美味いものには金を惜しまない。……どうですか? このビジネス、乗りますか?」


 アレクは口をパクパクさせていた。  恐怖と、商魂の間で揺れ動いている。

 魔物は怖い。でも、「大銀貨一枚」という響きは、駆け出し商人の魂を強烈に揺さぶる。


 彼は長い間、沈黙した。  そして、覚悟を決めたように大きく息を吐き出した。


「……わかった。わかったよ、くそっ!」


 彼は乱暴に髪をかきむしった。


「乗ってやるよ! 毒見で死ななかったんだ。呪いだって、食って消化してやる!」


「ふふ、いい覚悟です」


「その代わり! もし本当に売れたら……配分は五分五分だ! それ以上は譲らねぇぞ!」


「交渉成立ですね」


 私は泥だらけの手を差し出した。  アレクもまた、泥だらけの手でそれを強く握り返してきた。


 ベチャッ、と泥が混じり合う音がした。  

 お互いの体温が伝わる。

 それは、ただの口約束じゃない。共犯者たちの、泥だらけの契約。


「じゃあ、善は急げです。アレクさん、武器の準備を」


「武器? 包丁じゃなくてか?」


「相手は一メートル超えの魔物ですよ? 包丁一本じゃ返り討ちです。……狩りに行きますよ」


 私は湿地帯の方角を見据えた。  空には厚い雲がかかっているが、その隙間から一筋の光が差し込んでいる。


 待っていろ、冥府の使い。  お前を最高に美味しい「特上・蒲焼重」に変えてやるから。

 マリーの「美味しい!」の叫び声と、アレクの驚愕の顔が、今から楽しみで仕方なかった。


 こうして私たちは、村人たちが決して近づこうとしない、禁断の沼地へと足を踏み入れることになったのだ。

ご一読いただきありがとうございます!

思った以上に読んでくださる方がいて、とても嬉しいです。

もっと楽しんでもらえるように頑張りたいと思います。

今後の励みになりますのでもし「面白かった」「続きが読みたい」と思っていただけたら、 ページ下の【☆☆☆☆☆】からポイントを入れて応援してもらえると嬉しいです。


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