黄金色の魔法
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ジュワァァァァァ――――ッ!!
薄暗いあばら家に、場違いなほど豪快な音が響き渡り続けている。
それは、水分と高温の油が激しくぶつかり合う、戦いの音色だ。
鍋の中では、スティック状に切られた『オークの足指』たちが、黄金色の泡に包まれて踊り狂っていた。 かまどの火が揺れるたびに、パチパチと小さな油の粒子が弾け飛び、薪の燃える匂いとは異なる、甘く濃厚な香りが立ち昇り始める。
「お、おい……本当に大丈夫なのか?」
私の背後で、行商人のアレクが不安そうな声を上げた。
彼は鍋の中を覗き込み、眉間に深いシワを寄せている。
「そんなにグラグラ煮立たせて……。ただでさえ硬い『足指』だぞ? そんな強火じゃ、表面だけ焦げて中身は石みたいに硬くなるだけだろ」
「ふふ。煮てるんじゃないんです。『揚げ』てるんです」
私は菜箸代わりの長い枝で、鍋の中を優しくかき混ぜながら答えた。
「アゲ……? なんだその調理法?」
「聞いたことがないですか? たっぷりの油で、食材の水分を飛ばしながら火を通す方法です」
そう言えば、この世界の一般庶民の調理法といえば、「茹でる」か「直火で焼く」の二択だ。
油は貴重品だし、それを鍋になみなみと注いで使うなんて発想は、貴族の狂った道楽か、頭のおかしい錬金術師くらいしか持っていないのだろう。
アレクの目には、私が貴重な油を無駄遣いして、食べ物を台無しにしているように映っているはずだ。
「もったいねぇ……。せっかく多めにあげたのに。その油があれば、硬いパンだって一ヶ月は柔らかく食えるのに。それを、よりによってあんなゴミ芋のために」
「ゴミじゃありません。見ていてください。もうすぐ魔法がかかりますから」
私は自信満々に言い放つ。
鍋の中の様子が変わってきた。最初は大粒だった泡が、徐々に小さく、細かくなっていく。
それは、芋の中に含まれる余分な水分が抜け、代わりに油の熱が芯まで浸透してきた証拠だ。
そして、何より劇的なのは「香り」の変化だ。
最初は油の匂いしかしなかった。けれど、今は違う。
土臭い根菜特有の匂いは完全に消え失せ、代わりに鼻腔をくすぐるのは、穀物が焦げる香ばしさと、大地の甘みが凝縮されたような豊潤な香り。
メイラード反応。
糖とアミノ酸が高温で結びつき、人類のDNAに刻まれた「美味しい」という信号を直接叩く、化学の奇跡。
グゥゥゥゥ……。 キュルルルル……。
背後で、再びお腹の虫の大合唱が聞こえた。さっきよりも大きく、切実な音だ。
チラリと振り返ると、マリーがテーブルに身を乗り出し、鼻をひくひくと動かしていた。その瞳は鍋に釘付けで、口の端からはヨダレが垂れている。
そして、文句を言っていたはずのアレクもまた、喉仏を大きく上下させていた。
「な、なんだこの匂い……。俺の知ってる『足指』の匂いじゃねぇぞ」
「泥臭くない……。いい匂い、する」
二人の様子を見て、私は確信する。
勝った、と。
まだ口に入れてすらいないけれど、この勝負は私の勝ちだ。人間は、理屈ではなく本能でカロリーを求めている。特に、私たちのように飢えている人間にとって、この「油と炭水化物の焼ける匂い」は、どんな暴力よりも強烈な一撃となる。
(よし、そろそろね)
菜箸の先に伝わる感触が変わった。
ゴツゴツとした硬さは消え、カリッとした軽やかな振動が伝わってくる。
色は、淡い黄色から、夕陽のような美しいキツネ色へ。
私は鍋からザル(これも以前、蔓で編んだ自作だ)へと、芋を一気に引き上げた。
ジャラララッ!!
油を切る、軽快な音が響く。その瞬間、立ち上る湯気と共に、香ばしさが爆発的に部屋中に拡散した。
「うわぁぁ……!」
マリーが歓声を上げる。
ザルの中で輝いているのは、もはや黒い土塊ではない。黄金の延べ棒だ。
艶やかな油をまとい、部屋の薄暗い明かりを反射してキラキラと輝いている。
けれど、まだだ。まだ完成じゃない。最後の仕上げ、画竜点睛が必要だ。
私はアレクから借りた麻袋へ手を伸ばし、荒い岩塩をひとつまみ掴んだ。
そして、熱々の芋の上へ、高い位置から指をこすり合わせるようにして振りかける。
パラパラパラ……。
雪のように白い塩の結晶が、黄金の山に降り注ぐ。
余熱で表面の油と塩が馴染み、絶妙な塩梅へと変化していく。
完成だ!
前世の知識と、異世界の食材が融合した、奇跡の一皿。
名付けて『オークの足指のフライドポテト(塩味)』。
「お待たせ。……さあ、召し上がれ」
私はザルごと、二人の前のテーブルにドン、と置いた。
もう、皿に盛り付ける時間すら惜しい。
モワァ……と立ち上る熱気。目の前に置かれた黄金の山を見て、アレクが呆然と呟いた。
「こ、これが……あの泥だらけの芋か……?」
「きれい……。宝石みたい」
マリーがうっとりとした表情で見つめている。無理もない。皮を剥く前のあの姿からは、想像もつかない変貌ぶりだ。まるで、煤だらけのシンデレラがドレスを纏ったかのような。
「熱いから気をつけてね。でも、一番美味しいのは今この瞬間よ」
私の言葉が終わるか終わらないかのうちに、マリーの小さな手が伸びた。熱さに「あちっ」と指を引っ込めるが、すぐにまた果敢に挑む。
指先で一本をつまみ上げ、フーフーと息を吹きかける。
アレクもまた、恐る恐るといった手つきで、一番太い一本を掴んだ。
「熱っ! ……くそ、なんだよこれ。皮を剥いただけなのに、なんでこんなに硬さが違うんだ?」
指先に伝わる感触に戸惑っているようだ。生の状態では石のように硬かった芋が、今は表面はカリカリとしていながら、指で押せば潰れそうなほどの弾力を持っている。
「毒見は俺がする。……変な味がしたら、すぐに吐き出すからな」
アレクはまだ警戒心を解いていないフリをして、自分に言い聞かせるように言った。
けれど、その視線は手元のポテトに釘付けで、口の中には大量の唾液が溢れているのがわかる。彼がごくりと喉を鳴らす音が、静かな部屋に響いた。
マリーが、大きな口を開ける。アレクも、意を決して口元へ運ぶ。
湯気を立てる黄金色のスティック。表面にまぶされた岩塩が、キラリと光る。
鼻をくすぐる、たまらない油の香り。
二人の唇が、ポテトに触れる。 その距離、あと数ミリ。
世界で初めての「魔法」の味が、二人の舌に届く――その直前だった。
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