閑話 風の止まり木(アレク視点)
いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 温かい応援のおかげで、頑張れています。
アレク視点の閑話を書いてみました。次話から本編第二部がスターとします。
こちらもどうぞお楽しみください!
バルト伯爵家での謁見を終え、村に戻っての祝勝会。
そのどんちゃん騒ぎもようやく終わり、村が静寂に包まれた深夜。
俺、アレクは、修繕されたばかりのハルの家の縁側で、一人、安酒を煽っていた。
月明かりの下、手元にある羊皮紙――『伯爵家御用達』の認定証を眺める。
「……ははっ。とんでもねぇもん、手に入れちまったな」
重い。
紙切れ一枚のはずなのに、そこには金貨の山よりも重い「価値」がある。
俺はずっと、自分が何者でもないことを知っていた。
親の顔は知らない。物心ついた時にはスラムでゴミを漁っていた。
生きるために嘘をつき、盗み、大人に媚びを売った。
少し知恵がつくと、商人の見習いとして潜り込んだ。
『商売は戦争だ。他人を蹴落とし、騙してでも利益を出せ』
それが、俺が育った商会の教えだった。
俺は必死に働いた。
数字を覚え、相場を読み、誰よりも頭を下げた。
だが、結果はどうだ?
手柄は上司に横取りされ、失敗の責任だけを押し付けられた。
『お前は小賢しいだけで、愛嬌がない』
そう言われてクビになり、手切れ金代わりにボロい荷車一台を渡されて放り出されたのが、ほんの四ヶ月前のことだ。
悔しかった。
世界中の人間が敵に見えた。
だから俺は誓ったんだ。
「もう誰も信用しねぇ。俺一人で、行商人として金を稼いで、あいつらを見返してやる」と。
そうして北へと向かい、雪に閉ざされた街道で迷い込んだのが、このノワ村だった。
終わってる村だと思った。
生気のない村人。腐ったような泥の臭い。
金になるものなんて何もない。
さっさと立ち去ろうとした。
あの日。
雪の中で、ガリガリに痩せた小娘――ハルに助けられるまでは。
『交渉をさせてください』
あの時のハルの目は、今でも忘れられない。
飢えた獣の目だ。
けれど、そこには決して消えない「知性」と「誇り」の炎が宿っていた。
俺が知っている、欲に塗れた大人たちの濁った目とは違っていた。
半信半疑で食わされた、オークの足指のフライ。ナマズの蒲焼。
あの一口が、俺の腐りかけた人生をブン殴った。
美味かった。
涙が出るほど、美味かった。
ただの泥芋や泥魚を、ご馳走に変える魔法のような技術。
そして何より、妹のマリーや村人たちを救おうとする、彼女の圧倒的な「覚悟」に、俺は完全に惚れ込んだ。
それからの日々は、まるで嵐のようだった。
屋台を作り、村人を巻き込み、代官と戦い、ついには伯爵を唸らせた。
一人で荷車を引いていた頃には想像もしなかった、「熱」のある毎日。
ふと、背後のドアが開いた。
「……アレクさん? まだ起きてたんですか?」
ハルが出てきた。
寝間着代わりの、ゆったりとした木綿のワンピース姿だ。
風呂上がりなのか、下ろした髪が月明かりを浴びて艶やかに光っている。
「うおっ……!?」
俺は変な声を出して、慌てて酒瓶を隠した。
いや、別に酒を隠す必要なんてない。
俺が動揺したのは、そこじゃない。
……ハルだ。
目の前にいるこいつが、妙に「綺麗」に見えたからだ。
出会った頃は、正直言って枯れ木みたいだった。
目はギラギラしていたが、頬はこけて、腕なんて折れそうなくらい細かった。
それが、どうだ。
毎日まともな飯を食って、笑って、商売の自信をつけて。
今のハルは、内側から発光するような瑞々(みずみず)しさを湛えている。
ふっくらと桜色になった頬、女性らしい丸みを帯びた肢体。
そして何より、俺を真っ直ぐに見つめる、澄んだ大きな瞳。
(……おいおい。こいつ、こんなに可愛かったか?)
心臓が、ドクリと大きく跳ねた。
俺はずっと、こいつを「戦友」だとか「ビジネスパートナー」だとか思ってた。
実際、中身は度胸のある社長だし、俺より男前なところもある。
だが、今の無防備な姿を見せられると、認めざるを得ない。
ハルは、俺が知る限り、とびきり魅力的な「女の子」だったのだ。
「……どうしたんですか? 顔、赤いですよ」
「う、うるせぇ。酒のせいだ」
俺が顔を背けると、ハルは不思議そうに首を傾げ、それからくすりと笑った。
「風邪ひきますよ。……はい、これ」
彼女は自分のショールを俺の肩にかけてくれた。
ふわりと、甘い匂いが鼻をかすめる。
風呂の石鹸の匂いか、それともこいつ自身の匂いか。
また心臓がうるさく鳴る。
「……ハル」
「はい?」
「ありがとうな」
「え? 何がですか?」
「俺を見つけてくれて」
俺が言うと、ハルはキョトンとして、それからふわりと笑った。
昼間の太陽みたいな頼もしい笑顔もいいが、この月のような、少しあどけない笑顔は反則だ。
守りたい、と無性に思った。
金のためでも、商売のためでもなく。
ただ、この笑顔を曇らせたくない、と。
「私の方こそ。アレクさんがいなかったら、まだ雪の中で震えてました」
彼女は俺の隣に座り、身を寄せて同じ月を見上げた。
肩が触れ合う距離。
その体温の温かさに、俺は少しだけ息を止めた。
「ねえ、アレクさん。私たち、どこまで行けるでしょうか」
「どこまでもだろ」
俺は即答した。
ハッタリじゃない。本心だ。
こいつと一緒なら、どこへだって行ける。
「お前の料理と、俺の商才がありゃ、世界だって取れるさ。……王都に店を出して、行列を作って、あの俺を追い出した商会の連中が『食べさせてくれ』って土下座しに来るくらいにな」
「ふふっ、性格悪いですねぇ」
「商人は性格が悪くてナンボなんだよ」
二人で笑い合った。
横顔を盗み見る。長い睫毛が影を落としている。
まだ、口には出せない。
今はまだ「相棒」という特等席が一番居心地がいいし、こいつも俺をそういう目でしか見ていないだろう。
だが、いつか。
世界一の店を作って、誰も文句が言えないくらい成功したら……その時は、伝えてもいいかもしれない。
「さ、明日も忙しいですよ。寝ましょう」
「へいへい、社長」
立ち上がるハルの背中を見ながら、俺は心の中で誓った。
(俺はもう、逃げねぇよ。お父さん、お母さん。……あんたらの大事な娘さんは、このアレク様が命に代えても守ってやるからな)
認定証を懐にしまい、俺は残りの酒を一気に飲み干した。
喉が焼けるように熱い。
だが、胸の奥で燻り始めた、この甘酸っぱい熱さに比べれば、こんなもの、ただの水みたいなもんだ。
俺たちの春は、まだ始まったばかりだ。
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