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守りたい場所

いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 温かい応援のおかげで、頑張れています。どうぞお楽しみください!

「ええい、どけ! どかんか百姓ども!」


 グルマン代官の怒鳴り声が、殺気立った広場に響き渡った。

   

 キッチンカー『ナマズ号』を取り囲むように、槍を構えた四人の衛兵。


 そして、その切っ先に晒されているのは、くわすき、あるいはただの木の棒を手にした村人たちだった。


 彼らは震えていた。


   当然だ。相手は武装したプロの兵士であり、領主の威光を背負った代官だ。



 逆らえば反逆罪。その場で切り捨てられても文句は言えない。


 けれど、誰も膝を折らなかった。


「……貴様ら、正気か?」


 グルマンの顔が、怒りで赤黒く染まっていく。


   彼は理解できないのだ。


 搾取されるだけの家畜同然だと思っていた領民が、なぜこれほど強固な意志を持って歯向かってくるのか。


「たかが、違法な商売をしている小娘一人のために命を捨てる気か? 馬鹿も休み休み言え!」


「違法ではないわ!」


 村長が、しわがれた声で叫んだ。


 彼は私の前に立ち、両手を広げて仁王立ちしていた。


「この娘は……ハルは、わしらの恩人じゃ! 村を救ってくれた『家族』じゃ!」


「そうだ! 俺たちが飢えて死にかけた時、助けてくれたのは領主様じゃねぇ! この子だ!」


  「ハルちゃんの店は村の宝だ! 指一本触れさせてたまるかぁッ!」


 村人たちの叫びが、こだまする。


 私は、溢れる涙を止めることができなかった。  


 私の背中に隠れているマリーも、震える手で私の服を握りながら、必死に顔を上げて村人たちの背中を見つめている。


「ええい、うるさい、うるさいッ!」


 グルマンが癇癪かんしゃくを起こして地団駄を踏んだ。


   彼のプライドは、下民ごときに口答えされたことでズタズタに傷ついていた。


「反逆だ! これは暴動だ! 衛兵、やれ! 一人残らず串刺しにしてしまえ! 見せしめだ!」


 狂気の命令が下った。  


 衛兵たちが槍を構え直す。  


 その穂先が、最前列にいた村長へと突き出された。


「村長――ッ!!」


 私が悲鳴を上げた、その時だった。


 ガギィィィンッ!!


 硬質な金属音が響き渡り、火花が散った。


 村長の胸を貫くはずだった槍が、横から割り込んだ「厚い刃」によって弾き飛ばされていた。


「……なっ!?」


 衛兵が驚愕の声を上げる。  


 村長と衛兵の間に割って入ったのは、歴戦の傷跡が刻まれた大剣を背負った男――以前、ナマズ丼の第一号を食べてくれた、あの冒険者パーティーのリーダーだった。


「お、お前たちは……冒険者!? 何の真似だ!」


  「何の真似だ、じゃねぇよ」


 リーダーの男は、面倒くさそうに耳をほじりながら、グルマンを睨みつけた。


「飯が不味くなるだろうが。……俺たちはここの『常連』なんだよ。気に入ってる店を壊そうってなら、俺たちにも考えがあるぜ?」


 彼の背後には、魔術師の女や盗賊風の男など、パーティーの仲間たちが武器を構えて並んでいた。  


 村人だけではない。  


 その場に居合わせた「客」たちが、ハルカゼを守るために立ち上がったのだ。


「き、貴様ら……! 代官である私に刃向かうのか!? タダで済むと思って――」


  「へぇ、『タダ』ねぇ……」


 リーダーの男は、ニヤリと笑ってグルマンの方へ歩み寄った。  


 衛兵たちが槍を向けるが、彼は意に介さず、グルマンの耳元へ顔を寄せた。  


 そして、誰にも聞こえないような小声で、しかしはっきりと囁いた。


「(……なぁ、代官さんよぉ。あんた、この件、バルト伯爵には『内緒』なんだろ?)」


 グルマンの肩が、ビクリと跳ねた。


「(俺たちは旅の冒険者だ。明日は王都へ行く。……もし俺たちが、冒険者ギルドや伯爵様に『ここの代官様は、自分の懐を肥やすために、罪もない村人を虐殺して繁盛店を潰した』なんて報告したら……どうなるかな?)」


  「き、貴様……脅す気か……!」


「まさか。ただの噂話さ。だが、俺たちの口は軽いぜ?」


 冒険者はポンとグルマンの肩を叩いて離れた。  


 グルマンの顔色が、怒りの赤から恐怖の青へと変わっていく。  


 独断専行がバレれば、彼は失脚する。いや、もっと重い罰を受けるかもしれない。


 現場の空気が凍りついた。


 武力行使に出れば、冒険者たちが情報を拡散する。  


 かといって、このまま引き下がれば代官の面子は丸潰れだ。


 グルマンの目が泳いだ。  


 その一瞬の隙を、アレクは見逃さなかった。


「……お待ちください、お代官様!」


 アレクは、さっきまでの「怯える少年」の演技を捨て、堂々たる「商人」の顔でグルマンの前に進み出た。


「なんだ貴様、まだ何かあるのか……!」


「ご提案です」


 アレクはニヤリと不敵に笑った。


 その額には脂汗が滲んでいるが、瞳だけは決して死んでいない。


「代官様。ここで私たちを殺し、店を潰して、あなたに何の『得』がありますか? 冒険者様たちとの揉め事はリスクが高い。それに……店を壊せば、あなたが欲しがっていた『レシピ』も『タレ』も、永遠に失われます」


 グルマンの眉がピクリと動いた。


「ハルの料理は、ただの焼き魚じゃありません。絶妙な火加減、秘伝のタレの調合、そして特殊な下処理……。これらはすべて、ハルの頭の中にしかないのです」


 それはハッタリだ。レシピは書き残してある。  


 でも、今の混乱したグルマンには確かめる術がない。


「殺せば、あなたは黄金の卵を産むガチョウを、ただの肉塊に変えてしまうことになる。……美食家で聡明な代官様なら、そんな『大損』はなさらないでしょう?」


「美食家」「聡明」。  


 その言葉が、追い詰められたグルマンに「逃げ道」と「自尊心の回復」を与えた。


 彼は衛兵を止める手信号を出し、興味深そうなふりをしながらアレクを見た。


「……ほう。口の減らない小僧だ。では、どうしろと言うのだ?」


「勝負です」


 アレクは、私の肩を抱き寄せ、高らかに宣言した。


「ハルに、あなたへ『最高のもてなし』を作らせてください。もし、その味が代官様のお口に合わなければ……煮るなり焼くなり、好きになさって結構です。店も、レシピも、私たちの命も差し出します」


「アレクさん!?」


「おい、何を勝手なことを!」


 冒険者のリーダーが目を剥く。  


 だが、アレクは私にだけ聞こえる声で囁いた。


「(信じろ、ハル。力ずくで追い払っても、こいつはまた来る。……ここで完全に『屈服』させなきゃダメなんだ。お前の料理でな)」


 その言葉に、震えが止まった。  


 そうだ。  


 暴力で守られても、それは一時しのぎに過ぎない。  


 この悪意を根本からねじ伏せるには、私の武器――「味」しかないのだ。


「……その代わり!」


 アレクは声を張り上げた。


「もし、代官様がその料理を認め、心の底から『美味い』と言ったなら……今日のところは見逃していただきたい! そして、この店の営業を公認してください!」


 静寂が流れた。  


 すべての視線が、グルマン代官の一挙手一投足に注がれる。  


 彼は、計算していた。  


 ここで引けば弱腰に見えるが、「料理の審査」という名目なら威厳を保てる。


 それに、もし本当に美味ければ、今日のところは見逃してやればいいし、不味ければその時に処刑すればいい。  


 リスクはない。


「……ふん。面白い」


 グルマンは、歪んだ笑みを浮かべて椅子に座り直した。


「よかろう。どうせ貴様らの命など、私の掌の上だ。……退屈しのぎに、その『悪あがき』に乗ってやる」


 彼は、冒険者たちをチラリと見て牽制してから、私を睨みつけた。


「ただし、私の舌は肥えているぞ? 一流シェフの料理を、毎日のように食べているのだ。……そこらの田舎料理で、私を満足させられると思うなよ」


 圧倒的な重圧。


 失敗すれば、全員破滅。  


 でも、村のみんなも、冒険者たちも、私を信じて道を空けてくれた。


 私はエプロンの紐をギュッと締め直した。  


 不思議と、もう恐怖はなかった。  


 あるのは、料理人としての静かな闘志だけ。


「……やります」


 私は一歩前に出た。


「代官様。あなたの舌を、必ず唸らせてみせます」


 私が向かうのは、村の希望と誇りになった『ナマズ号』の厨房。  


 そこが、私の戦場だ。

ご一読いただきありがとうございます!

思った以上に読んでくださる方がいて、とても嬉しいです。

もっと楽しんでもらえるように頑張りたいと思います。

今後の励みになりますのでもし「面白かった」「続きが読みたい」と思っていただけたら、 ページ下の【☆☆☆☆☆】からポイントを入れて応援してもらえると嬉しいです。


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