春の繁盛記(後編)
いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 温かい応援のおかげで、頑張れています。どうぞお楽しみください!
エストの街は、夕暮れ時になっても賑わっていた。
私たちは『ナマズ号』の売上を握りしめ、家畜市場と問屋街を駆け回った。
「よし、これで契約成立だ!」
アレクが羊皮紙にサインをし、商人と握手を交わす。
私たちが購入したのは、またしても一頭の馬と、大きな荷運び用の馬車だ。
馬は黒毛のどっしりとした農耕馬で、名前は『かん太』に決めた。
「すごい……。荷物こんなにたくさん、全部積めちゃうなんて」
マリーが目を丸くして見上げている。
新しい馬車の荷台には、山のような物資が積み込まれていた。
小麦粉の麻袋が十袋、砂糖の壺、塩と油の樽、新しい衣服の生地、大工道具、そしてマリーが選んだ色とりどりのキャンディやクッキーの缶。
それは、かつて「何もなかった」ノワ村にとっては、王様の宝物庫にも等しい財産だった。
「アレクさん、本当にこれを村のみんなに?」
「ああ。俺たちからの『先行投資』であり、『プレゼント』だ」
アレクは手綱を握りながら、満足げに笑った。
「俺たちが毎日仕入れに行くのは効率が悪い。だから、この馬車を村に寄付する。これからは村の若衆に、この馬車で定期的に街まで買い出しに来てもらうんだ」
「なるほど……物流を村の人たちに任せるんですね」
「そうだ。そうすりゃ俺たちは料理に専念できるし、村の連中も『運び賃』を稼げる。村全体で金を回す仕組みを作るんだよ」
彼は本当に優秀な経営者だ。
ただ魚を釣って売るだけじゃない。村全体が自立して豊かになるシステムを構築しようとしている。
「さあ、帰ろうぜ! みんなの度肝を抜いてやろう!」
私たちは二台の馬車を連ねて、夕闇の迫る街道をひた走った。
『ナマズ号』と『輸送号(仮)』。
その車列は、ノワ村の新しい時代の幕開けを告げるパレードのようだった。
◇
村に到着した頃には、すでに日はとっぷりと暮れていた。
だが、広場には焚き火が焚かれ、村人たちが私たちの帰りを今か今かと待っていた。
「おーい! 帰ってきたぞー!」
「ハルちゃん! アレク!」
馬車の音を聞きつけ、村人たちがわっと集まってくる。
そして、二台目の馬車に積まれた山のような物資を見て、全員が息を呑んだ。
「な、なんだこれは……!?」
「小麦粉か!? こんなに!?」
「こっちは砂糖だぞ! 舐めてみろ、甘い!」
村長が震える手で麻袋を撫でた。
「これは……夢じゃなかろうな。これだけの物資があれば、もう誰もひもじい思いをせずに済む……」
「夢じゃありませんよ、村長」
私は馬車から飛び降り、笑顔で言った。
「これはみんなで稼いだお金で買った、みんなのものです。今日はお祝いですよ! 盛大に宴会をしましょう!」
その言葉を合図に、村はお祭り騒ぎになった。
女性たちは小麦粉を運び出し、男性たちはナマズを捌き始める。
その喧騒の中、私は一人、松明を持って裏の畑へと向かった。
エストで買った種を撒いてから、二十日あまり。
肥料としてナマズの骨粉をまき、水やりを欠かさず、マリーと一緒に毎日育てた畑だ。
「……あ」
揺らめく炎の光の中に、鮮やかな「赤」が見えた。
私は土を掘り返した。
すぽん。
土の中から現れたのは、親指ほどの大きさの、丸々としたラディッシュ(二十日大根)だった。
さらに隣の畝には、柔らかな緑色の葉を茂らせたベビーリーフがびっしりと育っている。
「育ってる……!」
冬の間、茶色と灰色しかしなかったこの世界に、鮮烈な「赤」と「緑」が生まれた。
私はそのラディッシュを服で拭い、そのまま齧った。
カリッ。
瑞々しい音と共に、ピリッとした辛味と、大地の甘みが口いっぱいに広がる。
「美味しい……!」
それは、干し肉や保存食では決して味わえない、「生きた命」の味だった。
◇
一時間後。
広場のテーブルには、かつてないほど豪華な食事が並べられた。
メインディッシュは、炭火で香ばしく焼き上げた『ナマズの蒲焼』。
そして、エストから持ち帰ったパンを軽く炙ったもの。
さらに、真ん中には山盛りの『採れたて野菜のサラダ』が鎮座している。
「さあ、みんな! 今日は特別なドレッシングを作りましたよ!」
私がかけたのは、醤油と油、そして少しの酢と砂糖を混ぜた特製和風ドレッシングだ。
キラキラと輝く野菜を見て、子供たちが歓声を上げる。
「いただきまーす!!」
村人たちが一斉に料理に手を伸ばす。
ガブリ、カリッ、シャキッ。
様々な食感の音が響き渡る。
「……うんめぇぇぇ!」
「野菜だ! 野菜が甘い! シャキシャキする!」
「パンにタレをつけて食うと最高だぞ!」
あちこちで笑顔が弾ける。
涙を流しながら食べている老人もいる。
「ハルちゃん……ありがとう、ありがとう」
「こんなに腹一杯食える日が来るなんて……」
マリーも、口の周りをタレだらけにしながら、両手でナマズバーガーを頬張っている。
その横には、デザート用のクッキー缶が大事そうに置かれている。
その光景を見ながら、私は隣に座るアレクと杯を交わした。
「……やったな、ハル」
「ええ。やりましたね」
村人たちの顔色は、もう土気色ではない。
焚き火の光を受けて、紅潮し、生きるエネルギーに満ち溢れている。
服はまだボロボロのものが多いけれど、新しい布があるからすぐに新調できるだろう。
家だって直せる。貯えもある。
「もう、冬は怖くありません」
私が呟くと、アレクは力強く頷いた。
「ああ。これからは、春が来るたびに豊かになっていくんだ」
宴の熱気の中で、ふとアレクが空を見上げた。
春の夜空には、満月が優しく輝いている。そして、頬を撫でる風は、もう冷たくなく、花の香りを運んでくるような温かさを含んでいた。
「なぁ、ハル。新しい店の名前、決めたぜ」
「え? なんですか?」
アレクは少し照れくさそうに、でも誇らしげに言った。
「『キッチン・ハルカゼ』だ」
「……ハルカゼ?」
「お前の名前の『ハル(春)』と、俺が世界中に運ぶ『風』だ。……あの時、お前が『風向き!』って叫んでくれたおかげで、俺たちは勝てたからな」
彼はニッと笑った。
「春の風に乗って、美味い匂いと幸せを運ぶ店。……どうだ? 悪くねぇだろ?」
私は胸がいっぱいになった。
私の名前と、彼の存在。
そして、この村に吹いた奇跡の風。
すべてが詰まった、これ以上ない名前だ。
「……はい。素敵です。最高に」
私は涙がこぼれないように、夜空を見上げた。
「『キッチン・ハルカゼ』……。世界一のお店にしましょうね、アレクさん」
「おうよ! 任せとけ、相棒!」
私たちは、村人たちの笑い声に包まれながら、静かにグラスを合わせた。
貧困との戦いは終わった。
明日からは、夢を叶えるための新しい戦いが始まる。
ノワ村の春。
それは、希望と満腹の音が鳴り響く、最高の季節の始まりだった。
ご一読いただきありがとうございます!
思った以上に読んでくださる方がいて、とても嬉しいです。
もっと楽しんでもらえるように頑張りたいと思います。
今後の励みになりますのでもし「面白かった」「続きが読みたい」と思っていただけたら、 ページ下の【☆☆☆☆☆】からポイントを入れて応援してもらえると嬉しいです。
ブックマーク登録も、執筆の励みになります。 よろしくお願いします!




