春の繁盛記(前編)
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雪解け水が小川となって流れ出し、大地からは若草が一斉に芽吹く。
長く厳しかった冬が終わり、ノワ村にもようやく本格的な「春」が訪れていた。
そんな陽気の中、村から街道へと続く道を、一台の奇妙な、しかしとてつもなく魅力的な「馬車」が走っていた。
「どうだハル! 乗り心地は!」
「最高です! 風が気持ちいい!」
御者台で手綱を握るアレクの隣で、私は声を弾ませた。
私たちが乗っているのは、村の男衆の協力のもと、アレクの荷車を大改造して作り上げた特注車両――名付けて移動販売車『ナマズ号』だ。
以前のような人力の荷車ではない。
動力源は、私たちが稼いだ資金の第一弾として投資した、栗毛色の逞しい農耕馬『ゴン太』だ(命名は私だ。アレクは『商売繁盛』とか言っていたが却下した)。
彼が引く力強い蹄の音が、新しい季節の鼓動のように響く。
車体は頑丈な木製で、側面には晴れて村のマスコットとなった、ナマズの愛らしい絵が描かれ、屋根には『ノワ村の絶品めし』と書かれた幟がはためいている。
これが、私たちの新しい「城」だ。
「ゴン太、頼むぞ! 今日からお前も従業員だ!」
「ブルルッ!」
ゴン太が頼もしく鼻を鳴らす。 さあ、稼ぎ時の始まりだ。
◇
街道の定位置に到着すると、そこにはすでに私たちの到着を待ちわびる数人の客の姿があった。
これまでは、ここから荷物を降ろし、かまどを組み、台を設置するのに三十分はかかっていた。
だが、今日からは違う。
「ハル、展開!」
「了解!」
私は車体の側面にある留め金を外した。
ギィィ……パタン!
重厚な木の壁が跳ね上がり、そのまま「ひさし」になる。
そして、内側に収納されていた板を倒せば、あっという間に「提供カウンター」の完成だ。
車内にはすでにかまどが据え付けられており、火種も持参しているため、着いてすぐに調理が開始できる。
所要時間、わずか三分。
革命的スピードだ。前世のカップラーメンを思い出す。
「へいらっしゃい! 待たせたな! 『ノワ村キッチン』、開店だ!」
アレクの威勢のいい声が響くのと同時に、私は車内で中華鍋を振るった。
ジュワアァァァッ!!
タレが焦げる音と、脳髄を刺激する香ばしい匂いが、春風に乗って一気に拡散する。
並んでいた客たちが、一斉に喉を鳴らした。
「おおっ、これだこれ! この匂いを待ってたんだ!」
「お兄ちゃん、いつもの丼をくれ!」
「俺はポテトだ! 山盛りでな!」
注文が殺到する。
だが、今日の私たちは一味違う。
アレクがニヤリと笑い、新しい看板をバンと掲げた。
「旦那方、いつもありがとうございます!だが今日は、忙しいあんたらにぴったりの『新メニュー』があるぜ?」
看板には、私が描いた下手うまな絵と共に、こう書かれていた。
『片手で食べられるスタミナ食! 特製・ナマズバーガー』
「……バーガー? なんだそりゃ」
「パンに挟んだのか? そんなの、ただのサンドイッチだろ?」
懐疑的な客たちに、私は完成したばかりの第一号を差し出した。
エストの街で特注した、ふわふわの白い丸パン。
その間に挟まっているのは、カリッと揚げて秘伝の甘辛タレにドブ漬けした、分厚いナマズの切り身。
そして、シャキシャキの葉野菜(村の畑で採れたて!)と、酸味の効いた特製マヨネーズだ。
「騙されたと思って、食べてみてください」
常連の商人が、半信半疑でそれを受け取る。
「ふん、まあパンなら馬車を運転しながらでも食えるが……」
彼は大きな口を開けて、ガブリと齧り付いた。 サクッ。モチッ。ジュワッ。
「――っ!?」
商人の動きが止まった。
次の瞬間、彼は目を見開き、もぐもぐと必死に咀嚼し、そして叫んだ。
「うんめぇぇぇぇッ!!」
街道に絶叫が響き渡る。
「なんだこれは! パンがふわふわで、魚がサクサクで、この白いソース(マヨネーズ)がタレと絡み合って……とんでもない濃厚さだ!」
「それに、骨がない! 全部食えるぞ!」
そう、ナマズバーガーの最大の利点は、骨を丁寧に取り除き、パンと一体化させていることだ。
箸も皿もいらない。忙しい旅人や御者にとって、片手で食べられて、しかもガツンと精がつくこの料理は、まさに「理想の食事」だった。
「俺にもくれ! 五個だ!」
「私も! 包んでちょうだい、子供の土産にするわ!」
「これは流行るぞ……! 王都でも見たことがない!」
爆発的なヒットだった。
次々と伸びる行列。車内は戦場のような忙しさになった。
「ハル、バーガー追加10! ポテト5!」
「はいよ! マリー、パンの準備!」
「はーい! おまかせあれー!」
新しい服と靴に身を包んだマリーが、小さなお揃いのエプロンをつけて、テキパキとパンを並べていく。
その姿がまた可愛いと評判になり、「看板娘ちゃんに」とチップとして、飴玉や銅貨を渡す客まで現れる始末だ。
私は無心で揚げ続け、タレにくぐらせ、パンに挟む。
前世、ファストフード店の厨房でバイトしていた経験が、まさか異世界でこんなに役に立つとは。
「早い・安い・美味い」。
この三拍子が揃った時、商売は無敵になる。
昼過ぎには、用意していた二百個分のパンがすべて消え失せた。
「……完売御礼!!」
アレクの声が枯れ気味に響く。
行列の後ろの方からは「ええーっ!」「嘘だろ!?」という悲鳴が上がったが、アレクは「明日はもっと持ってくるから!」と笑顔で頭を下げた。
◇
夕暮れ時。
私たちは撤収作業を終え、車内で売上の集計を行っていた。
ずしり。
革袋の重さが、今までとは桁違いだった。
「……信じられねぇ」
アレクが、硬貨の山を前に呆然と呟いた。
「今日だけで、大銀貨60枚(約30万円)を超えてる……。屋台の頃の倍以上だ」
「回転率が違いますからね。それに、客単価も上がっています」
私は心地よい疲労感の中で、冷たいお茶を飲んだ。
馬車による移動時間の短縮。
提供スピードの向上。
そして、持ち帰り需要の掘り起こし。
すべての作戦が噛み合った結果だ。
「ハル、俺たち……本当に大金持ちになれるかもしれねぇぞ」
「ふふ、まだ『かも』ですか? 私は確信してますよ」
私たちは顔を見合わせて笑った。
貧しくて、ひもじくて、明日食べるものにも困っていたあの日々が、まるで遠い昔のことのようだ。
「よし、ハル。帰り道に『買い物』だ」
アレクが革袋の紐を締め、ニヤリと笑った。
「馬車を買うぞ。俺たちのじゃねぇ、村のみんなのための『輸送用馬車』だ」
「輸送用?」
「ああ。これだけ売れると、もう俺たちだけで食材を運ぶのは無理だ。村の連中に、エストの街まで買い出しに行ってもらうんだよ。小麦粉、調味料、布、薬……村に必要なものを、山ほど仕入れてきてもらう」
アレクの目は輝いていた。
「この金で、村の物流を変える。……そうすりゃ、村全体がもっと豊かになるだろ?」
私は胸が熱くなった。
彼はもう、ただの自分の利益だけを考える商人じゃない。
このノワ村全体の「経済」を回そうとしている、立派な経営者だ。
「はい! 最高のお土産になりますね!」
「お姉ちゃん、私、甘いお菓子も買っていい?」
「もちろんよ。マリーの好きなだけ買いなさい!」
ゴン太が嘶き、私たちは夕日に向かって走り出した。
荷台は空っぽだが、私たちの心は希望で満ち溢れていた。
村に帰れば、畑には私たちが蒔いた種が実り、緑の葉を茂らせているはずだ。
今夜は、村のみんなで大宴会だ。
ナマズだけじゃない。パンも、野菜も、お菓子もある、本当の「ご馳走」を囲むのだ。
冬は終わった。 本当に、終わったのだ。
私たちの目の前には、どこまでも明るく、黄金色に輝く「春」が広がっていた。
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