最高の相棒
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エストの街でマリーに靴を買ってから、十日ほどが過ぎた。
その間、私たちは三回ほど街道へ屋台を出し、いずれも完売という大成功を収めていた。
噂はあっという間に広まり、今や街道を行く旅人の間で「ノワ村の近くに、幻のスタミナ屋台が出るらしい」と話題になっているほどだ。
村のナマズ漁も順調で、私が教えた『泥抜き』と『神経締め』をマスターした男衆のおかげで、質の良いナマズが安定して手に入るようになっていた。
そして、今朝。
私は、いつもより少し早起きをして、お弁当を作っていた。
メニューは、エストの街で仕入れた白いパンに、甘辛いタレを絡めた蒲焼と、塩と山椒で和えたポテトを挟んだ『特製ナマズサンド』だ。
「……よし。これなら冷めても美味しいはず」
私は包んだサンドイッチを手に、家の外に出た。
外では、朝日の中でアレクが荷車の点検をしていた。
積み荷をすべて降ろし、ロープをきつく締め直し、車輪のグリスを丁寧に塗っている。
その真剣な背中は、まさに出発の準備をする「旅人」のものだった。
(……やっぱり、行っちゃうんだな)
胸の奥が、チクリと痛んだ。
彼は行商人だ。一つの場所に留まる生き物じゃない。
この十日間で、私たちの手元には大銀貨50枚(約25万円)近い利益が残った。
この村での商売は軌道に乗ったし、彼が次の大きな商売を始めるための「種銭」としては十分すぎる額だ。
潮時だ。
有能な商人である彼が、いつまでもこんな辺境の泥臭い商売に付き合ってくれるわけがない。
頭ではわかっている。……でも、寂しかった。
「……アレクさん」
「ん? おお、ハルか。早いな」
アレクが爽やかに振り返る。
私は笑顔を作るのに少し苦労しながら、サンドイッチを差し出した。
「これ、道中で食べてください。お礼です」
「おっ、すまねぇな! 朝飯食いそびれてたんだ」
彼は嬉しそうにサンドイッチを受け取った。
私は深呼吸をして、懐からずっしりと重い革袋を取り出した。
「それと……これ、今までの売上の利益分です。約束通り、アレクさんの取り分も全部入っていますから」
私は革袋を彼に押し付けた。
彼のおかげで、マリーは笑顔を取り戻し、村には活気が戻った。これ以上、彼を引き止める権利なんて私にはない。
「アレクさん。短い間でしたけど、本当にありがとうございました。……お元気で」
私は深々と頭を下げた。
顔を上げたら、泣いてしまいそうだったからだ。
たった十日間だったけれど、彼がいてくれたから、私は「孤独」じゃなかった。
背中を預けられる誰かがいることが、どれほど心強かったか。
「……ハル」
アレクの声がした。
私は唇を噛んで、顔を上げた。
最後くらい、笑って送り出さなきゃ。
「またいつか、どこかで――」
「はあ? 何言ってんだお前」
アレクがキョトンとした顔で私を見ていた。手には革袋を持ったままだ。
「え?」
「『お元気で』って、今生の別れみたいに言うなよ。俺はちょっと、隣村の木こりの爺さんのところへ行ってくるだけだぞ?」
「……は? 木こり?」
私の思考が停止した。
アレクは革袋を私の手に押し戻し、サンドイッチを齧りながら言った。
「荷車を改造する木材を仕入れてくるんだよ。今のボロ車じゃ、これだけ繁盛しちまうと限界があるだろ? もっと効率よく売るために、大改造しねぇと」
「え、あ……改造って……」
「だから、俺はどこにも行かねぇよ」
アレクはニカッと笑い、荷車の車輪をバンと叩いた。
「俺は決めたんだ。この村の『奇跡』に賭けるってな」
彼は真剣な眼差しで私を見つめた。
「俺はずっと、あちこちの街を転々として、『何か』を探してた。金になるネタか、あるいは自分が一生賭けられる仕事か……。で、見つけちまったんだよ。こんな辺境の泥だらけの村でな」
「アレクさん……」
「お前の作るメシと、お前が描く未来図は、どんな宝石よりもワクワクする。この十日間で確信した。……だから、俺はここでお前と、『世界一の店』を作る」
その言葉を聞いた瞬間、全身の力が抜けた。
同時に、じわりと温かいものが胸に広がる。
「……もう。紛らわしいことしないでくださいよ、馬鹿」
「へへっ、勝手に勘違いして泣きそうになってたのは誰だよ? ……で、どうするよ社長? 俺を正式に『一番弟子』兼『パートナー』にしてくれるか?」
アレクが右手を差し出す。 私は目尻に滲んだものを指で拭い、その手を強く握り返した。
「ええ。こき使いますから、覚悟してくださいね!」
◇
正式にパートナー契約(口約束だが、羊皮紙よりも固い絆だ)を結んだ私たちは、早速「作戦会議」を始めた。
地面に木の枝で図面を描く。
資金は潤沢にある。
今なら、妥協のない投資ができる。
「アレクさん。どうせ改造するなら、普通の荷車じゃ面白くありません」
「ほう? 何かアイデアがあるのか?」
「はい。目指すのは……『走る厨房』です」
私は前世の記憶にある「キッチンカー」の構造を説明した。
単に荷物を運ぶだけでなく、車の中に調理スペースを作り、横の壁を跳ね上げて「カウンター」にする。
そうすれば、客の目の前で調理ができ、出来立てをすぐに提供できる。
匂いという最強の宣伝効果も最大化できる。
「……すげぇ」
アレクが図面を食い入るように見つめ、唸った。
「屋台を組み立てる時間を短縮できるし、雨が降っても営業できる。何より、客の目の前でジュージュー焼くってのがいい! 祭りの屋台みたいで興奮するぜ!」
さすがアレク、飲み込みが早い。
「よし、善は急げだ! 木材買ってくる!」
「私は村の人に大工道具を借りてきます!」
その日の午後から、広場は「工房」へと変わった。
私たちが新しい車を作ると聞きつけ、村の男たちが集まってきたのだ。
「おお、ハルちゃん! また何かデカいことやるのか?」
「ナマズ御殿でも建てる気か?」
「違いますよ! みんなで稼ぐための『戦車』を作るんです!」
私が説明すると、男たちは「面白ぇ!」と袖をまくり上げた。
ナマズ漁で収入を得て、心に余裕が出始めた彼らは、働くことを楽しむようになっていた。
恩人である私たちの頼みなら、断る理由などない。
「木を切るのは俺に任せろ!」
「釘なら家に余ってるぞ!」
「この金具を使えば、跳ね上げ式のカウンターができるはずだ」
カンカン、ギコギコ。
トンカチとノコギリの音が、春の陽気の中に響き渡る。
みんなが笑いながら、一つのものを作り上げていく。
マリーも、「私はペンキ屋さん!」と言って、看板の下書きを手伝ってくれている。
私はアレクと共に、車の骨組みを支えながら、その光景を見ていた。
「……一人じゃないって、いいな」
アレクがポツリと言った。
「ええ。最高です」
ほんの1ヶ月前まで、たった一人で絶望と戦っていた。
でも今は、隣に頼れる相棒がいて、後ろには協力してくれる村のみんながいる。
これからどんな困難が来ようとも、このメンバーなら乗り越えられる気がした。
夕方。
まだ骨組みだけだが、立派な「キッチンカー」の原型が姿を現した。
夕陽を背負ったそのシルエットは、これから始まる快進撃を予感させるように、長く、力強く伸びていた。
「完成したら、まずは街道だ。そしていつかは……王都に乗り込むぞ、ハル!」
「はい! 世界中の胃袋を掴みに行きましょう!」
私たちは木屑だらけの手でハイタッチを交わした。
これが、伝説の料理人ハルと、大商人アレク。
二人の英雄が、本当の意味で「スタートライン」に立った瞬間だった。
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