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初めての稼ぎ

いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 温かい応援のおかげで、頑張れています。どうぞお楽しみください!

 ノワ村から歩いて二十分ほどの場所に、王都と北方の国境を結ぶ「街道」が走っている。  


 冬の間は雪に閉ざされ、閑散としていたその道も、雪解けと共に少しずつ往来が戻り始めていた。


 冒険者、旅の商人、伝令の兵士。  

 彼らは皆、冬の旅に疲れ果て、泥だらけになりながら、ただ黙々と足を動かしている。  

 楽しみなんて何もない。あるのは寒さと、空腹と、硬くて塩辛い干し肉だけ。


 そんな殺伐とした街道沿いに、突如として「異空間」が出現した。


「へいらっしゃい! 旅の方、腹が減ってるなら寄ってきな! この先、次の宿場まで半日はかかるぜ!」


 よく通る威勢のいい声。  


 街道の脇、少し開けたスペースに、一台の荷車が停まっている。  

 泥だらけだった車体は村人たちの手によって綺麗に磨き上げられ、上部には雨よけの天幕が張られている。  

 即席の屋台だ。


 その前で声を張り上げているのは、身なりを整えた赤毛の少年、アレク。  

 そして、荷車の奥でかまどに向かっているのは、私、ハルだ。


(さあ、ここからが本番よ)


 私は気合を入れて手ぬぐいを締め直した。  

 村での宴は、あくまで「身内」への振る舞いだった。  

 けれど、今日は違う。赤の他人から、対価としてお金を巻き上げる「戦場」だ。


 私の武器は二つ。『無限ガーリックポテト』と、『特上・ナマズの蒲焼丼』。


 鍋の油温度、よし。炭火の火力、よし。タレの煮詰まり具合、最高。


「……おい、なんだあれは」


「屋台か? こんな何もない場所で?」


 通りがかった四人組の冒険者が足を止めた。  

 剣を背負った戦士に、杖を持った魔術師。典型的なパーティーだ。

 彼らは警戒心丸出しで、遠巻きにこちらを伺っている。  


 当然だ。街道沿いの怪しい屋台なんて、ボッタクリか、腹を壊すような粗悪品を出すのが相場だと決まっている。


「おい坊主。何を売ってるんだ?」  


 リーダー格らしき大柄な戦士が、不機嫌そうに尋ねた。


「極上のスタミナ料理だ! 食えば力が湧いてくる魔法のメシだぜ!」


「はんっ、魔法だと? どうせ薄めたスープか、硬いパンだろ。行くぞ、お前ら」


 戦士は鼻で笑い、立ち去ろうとした。  


 想定内だ。  


 言葉で説明しても無駄なのだ。空腹の人間に届くのは、理屈じゃない。


「アレクさん、風向き!」


「おうよ! 北東だ!」


 私はアレクの合図と共に、炭火の上にタレをたっぷりとつけた蒲焼の切れ端を放り込んだ。

 同時に、隣の鍋でポテトを二度揚げし、仕上げに刻んだ『犬泣ニンニクかせ』を投入する。


 ジュワアァァァァッ!!


 爆音と共に、白煙が上がる。  

 そして、風に乗って放たれた「匂いの爆弾」が、冒険者たちを直撃した。


「――っ!?」


 四人の足が、ピタリと止まった。

 戦士が鼻をひくつかせ、魔術師が目を見開き、後ろにいた盗賊風の男がゴクリと喉を鳴らした。


 醤油と砂糖が焦げる甘辛い香り。  

 油とニンニクが奏でる背徳的な刺激臭。  

 それは、彼らがこの旅の間ずっと食べていた「保存食」とは対極にある、生の「食欲」そのものだった。


「な、なんだこの匂いは……」


「肉か? いや、もっと香ばしい……」


「リーダー、ちょっとだけ。見るだけだから」


 彼らは、まるで糸に引かれる操り人形のように、フラフラと屋台に戻ってきた。  

 勝負あり。


「いらっしゃい! まずはこれだ、『黄金ポテト』! 一皿、銅貨一〇枚だ!」


 アレクがすかさず、揚げたてのポテトを差し出す。銅貨一〇枚。冒険者にとっては大した額ではないが、粗悪な料理には払いたくない値段だ。


「……一つ、もらおうか」


 戦士が渋々小銭を出す。  

 私は揚げたてを葉っぱに包み、岩塩を振って手渡した。


 戦士は警戒しながら、一本を口に運ぶ。  


 カリッ。  


 その音が響いた瞬間、彼の眉間の皺が消え失せた。


「……!!」


 言葉はない。  

 彼は無言で二本目、三本目と口に放り込み始めた。そのペースは加速していく。  

 塩分と油分、そして炭水化物。疲労した体が欲していたすべてがそこにある。


「おいリーダー、自分だけズルいぞ!」


「俺にも買わせろ!」


 仲間たちが殺到する。  


 あっという間に四人全員がポテトを貪り食い始めた。  

 よし、掴みは完璧だ。ここからが本命。


「旦那方、ポテトで満足しちゃいないよな?」  


 アレクがニヤリと笑い、畳み掛ける。


「旅の疲れを一発で吹き飛ばす、とっておきの『メインディッシュ』があるぜ」


「メインだと? これより美味いのか?」


「ああ。だが……ちっとばかし値が張るぜ? なんせ、『幻の主』を使った特上料理だからな」


 アレクは芝居がかった仕草で、大鍋の蓋を開けた。    


 ブワワッ!!


 立ち昇る湯気と共に、蒲焼の香りが濃厚に広がる。  


 その鍋の中には、タレで艶やかに輝くナマズの身が、山のように積まれている。


 その照り。 

 その香り。


 冒険者たちの瞳孔が開いたのが見えた。


「『特上・ドラゴンうなぎ丼』。一杯、大銀貨一枚だ」


 私はあえて「ナマズ」と言わず、「ドラゴンうなぎ」と名付けた。


 嘘ではない。あの主の姿は、ある意味ドラゴンだったし、味はウナギそのものだ。


「だ、大銀貨一枚だと!?」


 戦士が素っ頓狂な声を上げた。  


 大銀貨(約五〇〇〇円)。  

 屋台の食事としては破格の値段だ。宿屋に泊まってお釣りが来る。


「高いか? だが、この香りを嗅いでみろよ。……王都の高級店でも、こんな代物は食えねぇぜ?」


 アレクが煽る。


 戦士は葛藤していた。財布の中身と、目の前の誘惑。

 ポテトで刺激された胃袋が、「もっと凄いものを寄越せ」と暴れているのだ。


 その時。  


 屋台の横でちょこんと座っていたマリーが、私まかない用のミニ丼を、それはそれは幸せそうに頬張った。


「ん〜っ! とろけるぅ〜!」


 その一撃が、とどめだった。


「くそっ、わかった! 一つくれ! 不味かったら暴れるからな!」


 戦士が、革袋から銀色に輝く硬貨を取り出し、カウンターに叩きつけた。


 チャリン。


 重みのある、いい音だ。


「まいどあり!」


 私は素早く木のお椀に、村で分けてもらった麦飯をよそい、その上に特大の蒲焼を二切れ、ドカンと乗せた。タレを回しかけ、山椒を振る。


「熱いので気をつけて」


 差し出された丼を受け取った戦士は、まずその香りを胸いっぱいに吸い込み、そして震える手で肉を口に運んだ。


 ハムッ。  


 ……。


 戦士が空を仰いだ。  

 その目から、一筋の涙がツーっと流れた。


「……カーッ!!」


 彼は絶叫した。


「なんだこれは! 力が……力が湧いてくる! 美味い! 美味すぎるぞぉぉぉ!」


 彼は丼を抱え込み、犬のようにガツガツとかき込み始めた。  

「うめぇ、うめぇ」と唸りながら、一粒の米も残さず平らげていく。  

 食べ終わった時、彼の顔色は真っ赤になり、額には汗が滲んでいた。


「すげぇ……。マジで体が熱くなってきやがった。これなら、このまま一晩中でも走れるぞ!」


 その反応を見て、残りの三人も我先にと銀貨を取り出した。


「俺もだ!」


「私にもちょうだい!」


「美味い!この美味さで大銀貨一枚? 安いもんだ!」


 次々と積み上げられる銀貨。


 これが、「商売」だ。  


 情けでも、施しでもない。圧倒的な「価値」を提供し、その対価として富を得る。  

 私は火加減を見ながら、確かな手応えに震えていた。


 ◇


 一度火がつくと、噂は風のように広まった。

 街道を行く旅人たちが次々と足を止め、行列を作った。  


「あそこにヤバい屋台がある」


「食うと魔力が回復するらしい」  


 そんな尾ひれがついた噂まで飛び交い、用意していた五十食分の蒲焼は、夕暮れを待たずに完売した。  


 ポテトに至っては、途中で芋が尽きて、アレクが村まで走って補充しに行ったほどだ。


 夕日が沈む頃。


 私たちは撤収作業を終え、売上の集計を行っていた。


「……おい、ハル。見てみろよ」


 アレクが、革袋の中身を布の上にぶちまけた。


 ジャラジャラジャラッ!  


 銅貨の山。

 そして、その中に混じる十数枚の大銀貨と、銀貨の束。


「すげぇ……。たった一日だぞ? これだけで、俺が前の商会で半年かけて稼いだ額より多い」


 アレクの手が震えている。

 私たちのような子供が手にするには、あまりに大きすぎる額だ。


「……さて、計算しましょうか」


 私は冷静に、羊皮紙に数字を書き込んだ。


「売上は文句なしです。……ですが、ここから経費を引かなければいけません」


「経費? ナマズも芋もタダみたいなもんだろ?」


「いいえ。一番高いのは『油』です。アレクさんの在庫をほとんど使い切ってしまいましたから、その補填分はしっかり引いておきますね」


「あ、ああ。確かに油は高級品だからな……忘れてたぜ」


 アレクが苦笑する。


「それと、村長への『場所代』です。村の共有地である沼で商売をしている以上、利益の一部は村に還元して、正式な許可を得ておくべきです。これが将来の『守り』になりますから」


「……お前、本当にガキか? 商人顔負けの計算高さだな」


 アレクは呆れたように言ったが、その目は感心していた。  

 そうして弾き出された金額。


「純利益で、大銀貨二〇枚(約十万円)。これが私たちの取り分です」


 日給一人あたり十万円。現代日本ならともかく、この貧しい辺境の村では、家が一軒建つレベルの稼ぎだ。


「ハル! これならいけるぞ!」


 アレクが興奮して私の肩を掴んだ。  

 彼の目は、未来の野望でギラギラと輝いている。


「この金を使って、すぐに『店』を作ろう! 屋台じゃ限界がある。村の空き家を改築して、街道からも客を呼べるような立派なレストランにするんだ!」


 彼は一気にまくし立てた。


「人を雇って、席数を増やして、メニューも増やせば……俺たちは大金持ちだ! 王都にだって支店を出せるかもしれない!」


 商売人として、彼の提案は正しい。  

 成功した資金をすぐに設備投資に回し、拡大再生産を図る。ビジネスの基本だ。

 私も、いずれはそうしたいと思っている。


 でも。  私は、並べられた硬貨の山を見つめ、静かに首を横に振った。


「……いいえ、アレクさん。店を建てるのは、まだ早いです」


「は? なんでだよ! 今がチャンスだろ!?」


「わかっています。でも、その前に……どうしても、使いたいことがあるんです」


 私は視線を落とした。  そこには、疲れ果てて荷台の隅で眠っているマリーの姿があった。  

 彼女の足元。泥と埃にまみれた、小さくて傷だらけの裸足。  

 ボロボロの布を巻きつけただけの、痛々しい足。


「……マリーの、靴です」


「靴?」


「あの子、ずっと裸足だったんです。冬の間も、冷たい床の上でも……私の古い服を裂いて巻いただけの布切れで、我慢してた」


 私は拳を握りしめた。

 商売の拡大? 将来の成功?  そんなものより、私には優先すべきことがある。


 妹の足に、温かくて丈夫な、本物の靴を履かせてあげること。人間としての尊厳を取り戻させてあげること。  

 それができなきゃ、異世界の知識を授かった私が、ここにいる意味はない。


「このお金は、マリーのために使わせてください。……設備投資は、その次です」


 私が真っ直ぐにアレクを見ると、彼は一瞬驚いた顔をし、それから苦笑して頭をかいた。


「……参ったな。お前、本当にブレねぇよな」


 彼は、革袋の紐をキュッと結び、ポンと私に放って寄越した。


「わかったよ。社長の決断に従うさ。……その代わり、最高にいい靴を買ってやれよ?」


「アレクさん……」


「俺の取り分は後でいい。まずは、看板娘へのボーナスだ。……残りは、次の運転資金としてお前が預かっといてくれ」


 彼はニッと笑った。  本当に、いい相棒を持ったものだ。


「ありがとうございます。……明日、隣町のエストへ行きましょう」


 私は革袋を胸に抱いた。その重みは、単なる金属の重さではない。  

 私たちの汗と、知恵と、そしてマリーへの愛が詰まった、希望の重さだった。


 明日は、マリーに「赤い靴」を買ってあげよう。


 絵本に出てくるような、とびきり可愛いやつを。

ご一読いただきありがとうございます!

思った以上に読んでくださる方がいて、とても嬉しいです。

もっと楽しんでもらえるように頑張りたいと思います。

今後の励みになりますのでもし「面白かった」「続きが読みたい」と思っていただけたら、 ページ下の【☆☆☆☆☆】からポイントを入れて応援してもらえると嬉しいです。


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