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稀少な雲召喚魔術の使い手ですが、恩のある村で畑仕事をしていたら最強種族にプロポーズされました

作者: うめたろう
掲載日:2025/11/24

「俺と結婚してください!」

「えっ、嫌ですけど」


 薬草畑での仕事を終え宿に帰るその道中、ペトラはその青年に出会った。


 ペトラが暮らすラワン村は、四方を魔物の出る森に囲まれている。

 その立地に加え、良質な薬草の産地である他は特筆すべき点がないとくれば、ラワン村を訪れる人間は馴染みの商人などに自然と限られる。


 青年は、ペトラが初めて見る顔だった。


 深々と頭を下げる青年に断固拒否の意思を明瞭に伝えると、要望をキッパリと撥ねつけられた側である青年は、


「やっぱり駄目か〜」


 と至極残念そうに、しかし言葉通り、まあ駄目だとは思っていたんだよなという程度の軽さで零して顔を上げる。


 改めて見ても、青年は、こんな時でなければ見惚れてしまいそうなとんでもない美丈夫だった。

 この辺りでは珍しい褐色の肌と黒髪が、彼の美貌を益々ミステリアスに彩っている。


 ーーいやまあ、いくら美形でも、不審人物は不審人物らしく扱いますけどね。


「ご理解いただけて良かったです。では、お帰りください」

「せめて話を聞いてくれないか?」

「出会い頭に求婚する前に言うべき台詞では?」

「成る程、一理ある」


 うんうんと謎の美青年(但し不審人物)が頷く。というか、


「そもそも、あなたは何者なんですか?」


 思わずそう零せば、「聞いてくれるのか!」と、美青年以下略はアメジストの瞳をキラキラと輝かせた。


 しまった、これはちょっと断りづらい。


「俺の名前はエッケハルト。竜の血を引く一族の生まれだ」



「つまり、エッケハルトさんは竜の血を引いていて」

「うん」

「その関係で、雨雲を吸収して力を得る常時発動パッシブスキル持ちなんだけれども」

「そうそう。『蛟竜雲雨を得』って東方の言葉もあるんだけど、聞いたことないか?」

「あるようなないようなですね。とにかく、エッケハルトさんは晴れ男なためにスキルを全然活かせず、集落で暮らす一族の皆さんに馬鹿にされていて」

「そうなんだよなあ」

「一人前と認められる必要があり、私の雨雲を扱う魔術の噂を偶々耳にして、この村までやってきた。ついては、集落の外における『結婚』に近しい契りを結んで、力を貸してほしいと」

「話が早くて助かる」

「成る程、お断りしますね」

「駄目か〜」

「駄目ですし、ちょっとノリが軽くないですか?」


 エッケハルトの奢りでいつもよりちょっと豪華な夕飯(チキンステーキに、野菜スープとふわふわパンまでついている!)を食べながら、ペトラは正直な感想を口にした。

 この宿では長らくとても良くしてもらっていて、不審者と相席という最悪に近いシチュエーションでも、安心してごはんが食べられる。

 現在進行形で親父さんが睨みをきかせてくれていて、セキュリティは万全だ。本当に有り難い。


「ごめんごめん。やっぱ、外じゃ結婚って大ごとだよなあ。閉鎖的な集落で暮らしてると、価値観が偏っちゃって良くないよな。申し訳ない」

「それも反省してほしいですけど、大仰なストーリーを語るわりに必死さがあまり感じられないのも、だいぶマイナスポイントです」

「あー。俺としては別に、一族の中で認められるだなんだは、結構どうでもいいからなあ」

「じゃあほんとに帰ってくださいよ」

「いやそれが、うちのじいちゃんめちゃくちゃ厳しくってさ。あんまりサボってると、半殺しくらいは確実だから……」

「だとしたらもっと本気になった方がよくないですか? 結婚はしませんけど」

「うーん……」


 建設的とは言い難い問答の末に、エッケハルトは一つ唸って、シチューをはむと口に運んだ。


 竜の血を引いているということは、エッケハルトは最強の亜人として名高い『竜人』に当たるはずだ。

 それなのにとてもそんなすごい種族とは思わせない様子なのが、勿体ない気もするし、好意的に捉えるならば逆に大物感があると言えなくもないのかも……いや、それは無理があるか。


「そうだ! 俺、スキルで成長したら、かなり役に立つぞ。力も強くなるし、体力もガッツリ増えるし、スピードもものすごいし、色んな感覚も鋭くなるし。結婚して損はないと思うけどな」

「そうですか。お断りします」

「うーん。まあ、そうだよなあ」


 うだうだと言いながらも、エッケハルトに諦めそうな様子はない。

 諦めが悪いついでにデザートのプリンまで注文するので、ペトラもしれっとそれに便乗した。


「どうしようかなあ」

「プリン食べたら帰ってください」

「それはちょっとな〜」


 コイツ結構面倒臭いな。

 チキンステーキとプリンがなかったら手が出るところだった。危ない危ない。


 などと思いながら、甘やかで幸せの味がするプリンの最後の一口を食べ終えた、その時。


「よし、決めた!」


 エッケハルトが、揚々と立ち上がった。


「とりあえず今日は、この宿に泊まろう!」

「帰ってくれませんかね?」



 翌日、ペトラはいつも通り、早朝から薬草畑に向かった。

 非常に、本当に不本意ながら、エッケハルトを伴っての出勤である。ついてくるからには畑仕事を手伝うという条件で、ギリギリ同行を許可した形だ。


「うわあ、広っ! ここがペトラの職場かあ」

「帰ってくれませんかね」

「昨日からそれしか言わないじゃん」


 それほどに帰ってほしいという気持ちで胸がいっぱいなのだけれど、エッケハルトの方はおっとりマイペースを通していて、イマイチ伝わらない。

 ため息ひとつ、ペトラはやむなく、本日の仕事に取りかかった。


雲召喚サモン・クラウド


 呼び声に応じて、ペトラの腰くらいの高さに、小さな雨雲が生まれ出でる。


「じゃあ、水やりよろしくね」


 そう伝えれば、ミニ雨雲は「心得た!」とばかりに早速動き出した。畑に植った薬草の上に、雨が柔らかく降り注ぐ。


 これが、ペトラが唯一扱える、ささやかだが稀有で、少なくとも今のペトラにとっては、何よりも有用な魔術なのだった。

 欠点らしい欠点は、その希少性ゆえに出入りの商人がどこかで話題にでもしたのか、エッケハルトを村に呼び寄せてしまったことくらいである。


 次々と雨雲を召喚しては指示を出すペトラの様子を眺めていたエッケハルトが、


「いいなあ。その雨雲、分けてくれないか?」


 などとふざけたことを零した。


「嫌です。っていうか無理ですよ。私の魔力量じゃ、畑全体に雨雲を行き渡らせるので精一杯なので」


 薬草畑はラワン村の生命線だ。よそ者のペトラを受け入れ、村の一員として扱ってくれる村の人々のためにも、半端な仕事は絶対にできないし、したくない。


「そっか。じゃあさ」

「お断りします」

「聞いてからにしてくれったら! 俺が明日の朝、水やりを完璧にやり終えたら、当日分の雨雲を譲ってくれるっていうのはどうだ?」

「結婚を経由せずに私の力を借りていいんですか? いや、結婚はしませんけども。絶対」

「一族の掟じゃよろしくないことになってるけど、バレない程度になら問題ない」

「ふむ」


 顎に手を当てがって思案する。

 魔術で雨雲たちを指揮した後も、畑の世話は山積みだ。せっせと川に水を汲みに行くよりは断然楽だが、魔術で水をやるのにも中々にエネルギーを使う。そのことを考えれば、そこをまるっと任せられるのは正直ありがたい。

 広大な畑の水やりをエッケハルトがきちんとこなしてくれるなら重畳だし、ギブアップされたならされたで、今度こそ厄介払いができる。結婚が云々みたいな話の百倍は真っ当な取引だというのも大きい。


「あなたにしては悪くない提案ですね。いいですよ、乗りましょう」

「やった! 言ってみるもんだな」

「但し! 水やりだけでなく、その他の畑の世話も、ちゃんと手伝ってくださいね」



「うあー、疲れたー」


 畑近くの木の下にゴロリと寝転んで、エッケハルトが叫ぶ。

 前日の約束通り、エッケハルトは、薬草畑の水やりを何とかひとりでやり遂げたところだ。


「まだ昼休憩ですよ。この後もやること山積みですけど、大丈夫なんですか?」

「余裕……ではないけど、ちゃんとやるよ。約束したもんな」


 ペトラが差し出した水筒を「ありがとう」と受け取って、エッケハルトが身を起こす。

 ぐびぐびと喉を潤す姿さえ絵になるという大変羨ましい横顔を眺めながら、ペトラは、意外だなと胸の内に呟いた。


 ペトラの知る限りのエッケハルトは、暢気で、適当で、良くも悪くも……というか主に悪い方の意味で緩い調子の青年だ。

 お目当ての雨雲と引き換えとは言え、ハードな畑仕事にここまで食らいついてくるとは、正直驚きだった。


「結構頑張るんですね。一族の中での立ち位置には、興味がなかったのでは?」

「無いよ。でもほら、じいちゃんがいるからさ」

「半殺しは嫌だと」

「それはまあ、普通に嫌だけども」


 何だか、歯切れが悪い。

 話の続きを促す代わりにじいと顔を見つめていたら、エッケハルトは軽く肩を竦めて、


「俺とじいちゃん、血が繋がってないんだ」


 と、口の端を僅かに上げ、ごく淡く笑った。


「まだチビっこい時に、親が死んじゃってさ。他に身寄りもなくて。でも、じいちゃんが親代わりになって、俺を育ててくれたんだ」

「そうだったんですね」

「うん、そうだったんだよ。だからまあ、じいちゃんのおかげで俺はこんなに立派になったぞって、早く安心させたいんだよな」


 成る程、とだけペトラは応えた。

 それ以外の言葉が、すぐには出てこない。


 ペトラには家族がいない。

 孤児院で育って、そこでの暮らしが嫌で、生き急ぐように冒険者になった。

 幸いにも仲間には恵まれたが、依頼の最中の事故で、呆気なく引退を余儀なくされて、今はこうして、ラワン村で世話になっている。冒険者時代に依頼で村を魔物から守ったことがあって、その縁で、半端者には勿体ないくらい良くしてもらってきた。


「じゃあまあ、午後も頑張らなくっちゃですね。お互いに」


 ようやっと、ペトラはそう声を紡いだ。


 家族に懸ける想いは、ペトラにはわからない。わからないけれど、誰かを大切に想う気持ちは、かつての仲間や、ラワン村の人たちが教えてくれた。


 だから、今初めて、ペトラはエッケハルトのことを応援したいと、ほんの少しだけ感じてしまっている。


 ペトラの素っ気ない言葉に、エッケハルトが「だなあ」と笑う。

 先程とは違う、のんびりとあたたかい笑顔は、薬草畑に降り注ぐ陽だまりにも似て見える。


 そんな感想がペトラの頭を掠めた、その時。


「ペトラちゃん! うちのニナを見なかった!?」


 村の女性ーールッカという名前だーーが、息を切らせて、ペトラ達の元へと駆け寄ってきた。



「ニナが、ニナがいないの。どこにもいなくて、誰も知らなくて……。もし、森に出てしまったんだったら、私……」

「ルッカさん、落ち着いてください」


 そう声をかけながらも、ペトラの心臓も、既に早鐘を打っていた。


 子供にとっては特に、村の中に危険がないわけではない。

 しかし、大人は畑仕事に取り組み、子供達も村中を駆け回って遊ぶ、晴れの日の日中だ。誰もニナの姿を見ていないとなれば、森へ向かった可能性は高い。

 そしてその現実はまた、ニナの身が危ういことと殆どイコールだった。


「私がニナちゃんを探します。ルッカさんは、自警団に応援を頼んでください」

「そ、そうよね。わかったわ」


 ルッカが覚束ない足取りで走り去るのを見届けて、ペトラは、一つ息を吐いた。


「どうするんだ?」


 いつの間にか、エッケハルトが立ち上がって、ペトラに眼差しを向けている。


「……エッケハルトさん、言いましたよね。雨雲を手に入れて成長したら、自分は役に立つって」

「うん。言った」

「力も強くなるし、体力もつくし、スピードもすごいし、感覚も鋭くなって、結婚して損はないんでしたよね」

「竜の血に誓ってもいい」

「良かった。じゃあ、損させないでくださいね」


 言って、ペトラは呪文を唱え、魔術を編んだ。


 ーー雲よ来い。来て、力を貸して。


 ペトラの目前に生まれた雨雲は、ペトラの意志と魔力を吸って、ぐんぐん、ぐんぐんと大きくなっていく。


 ーーまだ足りない。もっと大きく。魔力が尽きて、枯れ果てるまで!


 気づけば雨雲は、ペトラの視界を覆い尽くすほどに成長していた。


「エッケハルトさん」


 振り返る。エッケハルトは、今まで見た中で一番真剣な顔をしていた。


「ニナちゃんのこと、よろしくお願いします」



 目が覚めると、ペトラは、宿のベッドで横になっていた。

 世話を焼いてくれていた親父さんの話によると、巨大な雨雲を召喚してから夜を一つ越してしまったらしい。

 ペトラはその場で気を失ってしまい、代わりに、雨雲を吸収したエッケハルトがすぐにニナを見つけ出してくれたのだという。

 ニナは無事だし元気にしているけれど、やはり森に入り込んでいて、中々に危ないところだったのだとも親父さんは教えてくれた。


「おはよう、ペトラ」

「……おはようございます」


 親父さんからペトラが目を覚ましたと聞いたらしく、じきに、エッケハルトが部屋に顔を出した。

 親父さんからあたたかいスープを託されてくる辺り、早くもエッケハルトは、ラワン村に馴染みつつあるようだ。


「まだ顔色が悪いな。大丈夫なのか?」

「たぶん。私の魔力量じゃあれでも中々の無茶だったので、これでも、考えていたよりは随分マシですよ。身体も魔力も、じきに回復すると思います」


 実際、もう二度と魔術が使えなくなることも覚悟しての行動だったから、この程度で済んで儲けものだ。

 エッケハルトが、「そっか。良かった」と、らしくなく小さな声で漏らしたきり、部屋に静寂が落ちる。


「……あの。ありがとうございました」


 暫くの後、沈黙を破ったのは、ペトラの方だった。


「ニナちゃんを助けてくれて、ありがとう。エッケハルトさんがいてくれて、良かったです」

「ん。どういたしまして」


 エッケハルトが、ぎこちなく笑う。


「ルッカさんにもさ、御礼を言われたよ。なんか、変な感じだった」

「変、ですか?」

「他人に感謝なんて、されたことなかったから。ペトラが必死になった理由が、その時初めて、少しわかった気がしたよ」


 その言葉に、一族に認められていないのだという告白の重みを、ペトラもまた初めて意識した。


「……エッケハルトさんの集落では」

「うん?」

「結婚って、どういう扱いなんですか? 式とか挙げます? おじいさんにご挨拶には伺った方がいいですよね? 何か、こっちとは違ったしきたりとか……」

「え? あ! ペトラ、待って待って!」


 必要事項の確認をと思ったのだが、思いがけず、エッケハルトからストップがかかる。


「それは、もういいから」

「でも、先払いで助けてもらっちゃいましたし」

「ほんとにいいんだ。もう」


 言って、エッケハルトは眉を下げて苦笑した。


「ペトラにはペトラの、大切な暮らしがあるんだもんな。俺の都合で引っ掻き回していいものじゃない。あの求婚は、やっぱり、よくなかった」

「それはまあ、今更ながらちゃんとわかってもらえたみたいで良かったですけど。でも、借りを作ったままというのも癪というか……」

「あ! それならさ」


 エッケハルトの声が、明るく跳ねる。


「また、雨雲を俺に分けてくれよ。代わりに、畑仕事を一緒にこなしたら、村のみんなに迷惑もかからないだろ?」

「ふむ」

「しばらく、この村に滞在してもいいなって考えてるんだ。畑仕事も、割と性に合ってると思うし」

「バテバテだったじゃないですか」

「そこは、昨日とこれからの雨雲の恩恵も加味して……」

「ズルい」


 はははと、エッケハルトが朗らかに笑う。

 この人が晴れ男だというのは、何となく納得できるなとペトラは思った。陽だまりみたいに笑うから、太陽の方も、仲間がいると思うのかもしれない。


「それで、さ」

「まだ何か?」

「ええと、その。求婚の代わりに……俺と、友達になってもらえたりはしないかな、って……」


 エッケハルトは、至極真面目な目をしてペトラを見つめている。

 求婚してきた時よりも緊張した面持ちなのが、ペトラには可笑しく、微笑ましくもあった。

 思わず、口元が緩む。


「あなたにしては悪くない提案ですね」


 言って、手を差し出す。

 エッケハルトは目を瞬くと、また陽だまりのように笑み零し、ペトラの手を握った。

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