02
夜になり、二人で夕食をとった。昼間とは違い、少しだけ会話も弾んだ。スコッティは、カロリィナの故郷のことや。
「とてもよい場所です」
「新婚旅行で行きたいところとか考えてみますか?」
どんな風に育ってきたのかを穏やかな口調で尋ねてくれた。
「新婚旅行?」
「はい。やはり仲を深めるには」
「必要ありません。あなたにそんな辛い時間は与えたくないです」
嫁いでから対面して初めて言葉を交わしたので。遠い記憶を辿りながら、少しずつ自分のことを話した。もちろん、前世のことは伏せて。
「閣下は甘いのはお好きですか?夫婦になるのですから、本当に好きか好きじゃないかを知りたいのです。ちなみに好きな男性だった場合、甘いものを共に分け合いたいのです」
食後、二人で庭園を散歩した。
「好きです。あまりこんなことを言うとさらに、嫁の成り手がこなくなるので、言ったことはありませんが」
夜の静けさの中、月明かりに照らされた花々が幻想的な美しさを放っている。
「カロリィナ」
不意に、スコッティが立ち止まりカロリィナの名前を呼んだ。
「はい?」
彼は少し躊躇うように言葉を選びながら言った。
「あなたは、わたしを恐れていないのですか?」
その問いかけに少し驚いた。いまさら?いまさら、気になるのか?世間の評判を気にしているのだろうか。
「いいえ。スコッティ様のことを、尊敬しています。怖くなんてないです」
そう答えると彼は深く息を吐き、ほんの少しだけ微笑んだように見えた。嫁いだ後に聞く意味あった?
「ありがとうございます」
その夜、自室に戻って窓から見える月を見上げた。まだ、この世界に来てから数日しか経っていない。感覚的には。
けれど、カロリィナの心には確かに新しい感情が芽生え始めていた。世間との価値観が違うので魅力的に見える夫への期待と、ほんの少しの不安。胸の中でグルリと、入り混じっていた。
「会った時から思ってたけど、外見すっっごい気にしてるよね???」
数日後、王都からスコッティの親族だという女性たちが次々と屋敷を訪れるようになった。なんで?
「先触れもなかったのです。すみません」
皆、華やかな装いで言葉の端々に棘がある。
「まあ、スコッティ様。ずいぶんと見慣れないお方を奥様に?」
「遠い異国から嫁いできたと聞きましたが、言葉は通じるのかしら?」
「お顔立ちは。まあ、個性的ですわね」
彼女たちの視線は好奇心と少しの蔑みを含んでいるようだった。何様〜!?
特に、スコッティの従姉妹だという派手なドレスを身につけたイザベネラという女性は、こちらを見るたびに露骨に眉をひそめた。
我慢してあげているのだが彼女たちにはそれを理解する理解力が、残念ながら存在してないらしい。
ある日の、午後の茶会でのことだった。勝手に開催している。客人がするとは斬新なことであった。庭園が見渡せる明るい客間で数人の貴婦人たちが、優雅にお茶を飲んでいる。
自分も末席に座り、静かに彼女たちの会話に耳を傾けていた。親族になるからと強制的に席につかされたのだ。
「スコッティの奥様は故郷ではさぞかし珍しいお顔立ちだったのでしょうね」
イザベネラがわざとらしく大きな声で言った。周りの貴婦人たちがクスクスと笑う。よく言う。彼女たちの意図は明白だった。さえずる鳥もここまでガラガラしていたら、鑑賞する気も失せる。
彼女たちは明確にカロリィナの容姿を嘲笑しているのだ。前世の己ならこういう場面では委縮し、うまく言い返せなかっただろう。今は違う。この公爵家の夫人なのだ。
彼女たちよりも、格上の主家。一番は何より、カロリィナの夫は彼女達が貶めるような醜い男ではない。ゆっくりと顔を上げた。彼女達の顔を忘れないように。聞こえるように落ち着いた声で言った。
「ええ、わたしの故郷ではスコッティ様のような、落ち着いた魅力を持つ男性が大変人気があります」
客間が一瞬、静まり返った。イザベネラは予想外の反撃に目を丸くしている。
「落ち着いた魅力、ですって?」
彼女の声には露骨な嘲弄の色が滲んでいる。よくまあ、格上の男を馬鹿にできるものだ。
「ええ。若さだけが魅力ではありません。スコッティ様のような深い知識と経験に裏打ちされた大人の魅力は、若い娘に理解も真似もできないものですからっ」
スコッティを真っ直ぐに見つめた。茶会の端で聞き耳を実は立てていた男。ここから、夫の執務室が近くにある。彼はカロリィナの言葉に気づき、ほんの少しだけ目元を和らげたように見えた。
他の貴婦人たちは、面白がるようなあるいは戸惑ったような表情で、夫婦を見ている。イザベネラはなおも食い下がろうとした。
「けれど、世間では」
「世間の評価など、気にしたことはありません」
遮る。スコッティが以前言った言葉をそのまま彼女に返した。
「わたしが共に生きることを選んだのは世間の評判ではなく。スコッティ様ご自身です。それは何よりも価値のあるものです。顔だ、世間だ、評価だと言っているうちは足元を掬われます」
カロリィナの言葉は客室に重い沈黙をもたらした。正論にぐうの音は出てこない。イザベネラは悔しそうに唇を噛み締めている。他の貴婦人たちも、それ以上何も言えずに、気まずそうに視線を彷徨わせた。ふふ、勝った。
その後、茶会は気まずい雰囲気のまま終わった。部屋に戻ると侍女のシエマが心配そうな顔でわたしを見ている。
「奥様、あのようなお言葉を。大丈夫でしょうか?」
小さく微笑んだ。あの程度、脅威ではない。
「大丈夫よ、シエマ。自分の気持ちを正直に話しただけだから」
その日の夜、スコッティがカロリィナの部屋を訪れた。彼はいつものように静かな佇まいだったが、瞳には期待が宿っているように見える。
「今日のこと、聞きました」
低い声が部屋に響く。
「何か、まずかったでしょうか?」
少しだけ不安がよぎる。




