115話 逃げる影、残された爪痕
「ハァッ…ハァッ…大丈夫か?みんな…!」森の中を必死に走り抜けたティグはようやく立ち止まり肩で息をしながら仲間たちに声をかける。
レンとリィナも息を切らし額に汗を滲ませながらティグの隣に倒れ込むように座り込んだ。同行していた若い冒険者たちも疲労困憊の様子でその場にへたり込んでいた。
「大丈夫…なんとか…。」レンはゼーゼーと息をしながら答える。リィナも大きく息を吸い込みながら頷く。
「みんな無事か?怪我はしてないか?」ティグは若い冒険者たちにも気を配りながら声をかけた。
幸い彼らは恐怖で足がすくんで動けなくなったり転んで怪我をしたりすることなく、ティグたちに付いてくることができていた。
「…とりあえずあの魔物から逃げ切れたみたいだな。」ティグは周囲を警戒しながらそう呟く。
未だにあの巨大な魔物の姿が脳裏に焼き付いて離れない。黒光りする外皮、巨大な顎、そして地面に空いた巨大な穴……。
「…一体あれは…何なんだ…?」若い冒険者の一人が震える声で尋ねる。他の冒険者たちもティグの方を不安そうに見た。
「…分からん。あんな魔物、今まで見たことも聞いたこともない。」ティグは首を横に振る。彼らの持つ魔物図鑑にもそのような魔物の記述はなかった。
「…でも巣ごと食べてたわよね?それに、蜂の魔物や幼虫たちも…。」リィナが恐る恐る口を開く。ティグはリィナの言葉に苦い顔をする。
「…ああ。蜂の魔物にとって、あれは間違いなく天敵だ。もし奴らがこのまま増え続けたら…蜂蜜街道は…。」ティグは言葉を詰まらせる。
蜂蜜街道の未来を守るためにもあの魔物の正体を突き止め、対策を講じる必要があった。
「…ティグどうする?このままリハルトへ戻るのか?」レンが尋ねる。ティグは少し考え込んだ後答えた。
「…いやまだだ。あの魔物について少しでも多くの情報を得る必要がある。もう少しだけ周辺を調べてみよう。」ティグは仲間たちに指示を出す。
「レン!お前はリィナと一緒に周辺の蜂の魔物の巣の状態を確認してくれ。他の者たちは俺と一緒に周辺にあの魔物の痕跡が無いか調査する!何か手がかりが見つかるかもしれない。」「了解。」「分かったわ。」若い冒険者たちもティグの指示に従いそれぞれの役割を果たすために動き始めた。
ティグはレンとリィナが蜂の魔物の巣の調査に向かうのを見届けると、残りの冒険者たちと共に周辺に巨大な魔物の痕跡等が無いか調査を開始した。
森の中を進むにつれてティグはある異変に気がついた。地面に、巨大な爪痕がいくつも残されていたのだ。
「…おいみんな!見てみろ。」ティグは仲間たちを呼び止め地面の爪痕を指差す。若い冒険者たちはティグの指差す方向を見て顔色を変えた。
「…これは…あの魔物の…?」一人の冒険者が恐る恐る尋ねる。ティグは頷いた。
「…ああ。間違いない。奴はここら辺一帯を活動範囲にしているのか…」爪痕の深さはティグたちの想像を遥かに超えていた。
「…こんな深い傷を…一体、どれほどの力で…?」ティグは爪痕の周囲を注意深く観察する。爪痕は蜂の魔物の巣がある方向に向かって続いていた。
「…奴は蜂の魔物の巣を狙ってこの森を徘徊しているのかもしれない。」ティグはそう呟くと表情を引き締めた。蜂蜜街道の安全を守るためには一刻も早くこの魔物の正体とその目的を突き止めなければならなかった。
しばらくするとレンとリィナが戻ってきた。彼らの表情は険しかった。
「…ティグ、他の蜂の魔物の巣も…いくつか破壊されてた…。」レンが報告する。リィナは言葉を失い俯いていた。
「…そうか…。」ティグは、予想していたこととはいえ厳しい現実を突きつけられた思いだった。
「…ティグどうする?このまま調査を続けるか?それとも…?」レンがティグの意向を伺う。ティグは周囲の状況、仲間たちの様子、そして自分たちの力量を冷静に判断した。
「…いや今日はここまでだ。これ以上深追いは危険だ。ミツルさんたちにこのことを報告し今後の対策を考えよう。」ティグは決意を固めると仲間たちに指示を出す。
「…よしリハルトへ戻るぞ。周囲に気をつけろ。あの魔物がまだ近くにいるかもしれない。」「…了解。」「…分かったわ。」若い冒険者たちもティグの指示に従い緊張した面持ちでリハルトへと向かう。
森の中を進むにつれてティグは新たな発見をする。行きには気にしていなかったが、森の中に入ると巨大な魔物が通ったと思われる痕跡がいくつも残されていたのだ。倒された木々、引き裂かれた草木、そして深くえぐられた地面……。
「…奴はかなり広範囲を動き回っているようだ…。」ティグはそう呟き不安を募らせる。この魔物の存在は、蜂蜜街道にとって想像以上の脅威となるかもしれない。
リハルトの街が見えてくるとティグは安堵のため息をついた。しかし、それは束の間の安らぎに過ぎなかった。
「…これからが本当の戦いになるのかもしれない…。」ティグは心の中でそう呟きながら蜂蜜街道の未来を守るための新たな戦いが始まろうとしていることを予感していた。




