プロローグ: 異世界への扉
北海道の広大な大地に、初夏の太陽が降り注いでいた。
17歳の山田ミツルは、汗ばんだ顔で蜂箱の蓋を開けた。鼻をくすぐる花の香りと、蜜蜂たちの羽音が心地よい。
幼い頃から昆虫に魅せられ、特に蜜蜂の社会性や蜂蜜の多様な効能に心を奪われてきたミツルにとって、養蜂は単なる仕事ではなく、生きがいそのものだった。
実家は代々続く養蜂農家。ミツルは農業高校で食品加工や園芸を学びながら、いつか自分だけの蜂蜜を作ることが夢。
ミツルは、ミツバチたちが巣箱の中で忙しく動き回る様子をじっと見つめていた。
一匹一匹が、女王蜂のために、そして種族の存続のために働いている。その姿に、ミツルは自分自身を重ねていた。
自分もまた、いつかこの手で作った蜂蜜で、多くの人々を笑顔にしたい。そんな夢に向かって、ミツルは日々を送っていた。
しかし、その日のミツルは、いつもとどこか様子が違った…
空は澄み渡り、鳥のさえずりが心地よく響いているはずなのに、心の奥底に漠然とした不安が渦巻いていた。まるで、何かが起きそうな予感に包まれているようだった。
部活動を終え、いつものように自転車で家路を急ぐミツル。
夕焼け空が茜色に染まる中、彼はふと右手の影に気づいた。何かが近づいている。そう思った次の瞬間、眩い閃光が彼の視界を埋め尽くし、地面に叩きつけられた。
轟音が耳を震わせ、視界が真っ白に染まる。意識が遠のく中、彼は激しい痛みと、見慣れない光景をぼんやりと捉えた。
気がついたとき、ミツルは全く見知らぬ場所にいた。
頭上には、濃い緑の葉を茂らせた大樹が天に向かって伸び、柔らかなコケが地面を覆っていた。薄暗い森の中で、鳥のさえずりが遠くから聞こえてくる。
ミツルはゆっくりと体を起こし、周囲を見渡す。
「ここは…どこ?」
見慣れない風景に、ミツルはパニックに陥った。
記憶を辿ろうとするが、何も思い出せない。ただ、激しい動悸と、見知らぬ世界への恐怖が彼を襲った。
彼は、這うようにして立ち上がり、森の中を歩き始めた。
木漏れ日が差し込む薄暗い森の中で、彼は迷子になってしまったようだ。
茂みをかき分けながら進むが、出口は見当たらない。道は一つしかないように思えたが、どこまでも続いていく。
喉が渇き、お腹がすいていた。
ミツルは、農業高校で学んだ知識を頼りに、食べられる野草はないかと周囲を見回した。
しかし、見慣れない植物ばかりで、どれが安全なのか判断できなかった。
しばらく歩いていると、遠くに奇妙な影が見えた。
近づいてみると、それは今まで見たことのない生物だった。
大きな牙と鋭い爪を持ち、赤い目をギラギラさせてミツルを見つめている。
野生の獣?ミツルは思わず後ずさりしたが、見た事のない野生の獣は素早く彼に近づいてきた。
必死に逃げ出したミツルだったが、野生の獣に追いつかれそうになった。
その時、咄嗟に茂みに飛び込んだ。茂みの中を這い回り、なんとか魔物の目をくらませることができた。
しばらくすると、気配を感じなくなったので、慎重に茂みから出てきた。
一命はとりとめたものの、疲労困憊のミツルは、その場に倒れ込んでしまった。
意識が薄れていく中、ミツルの脳裏には、実家の蜂箱、農業高校での日々、そして蜂蜜の甘い香りがよみがえった。