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炎昼

ジリジリと太陽が照りつける。

黙っていても汗が噴き出してすみれは持ってきたタオルで首元を拭った。


すみれは配給を老人達に渡していく。

暑いので皆手渡されたあとはすぐに木陰に行くか自分の部屋に戻っていく。

スタッフはテントの中にいるので日差しが差し込んでこないものの、ずっと立っているのも辛くなってくるので交代で配給を行った。


すみれとコウもしばらく手渡しをしていたが、他のスタッフと交代して用意されていたパイプ椅子に座り休んだ。

老人たちは生気のない表情で並んでいる。

老人女性は普通の傘を開いて日傘の代わりにしていた。

中には長袖でまったく汗もかいていない女性がいて、すみれはびっくりする。


「すみれ、大丈夫かい」

コウが気遣う。

「大丈夫だよ。暑いのに今日もつきあってもらってありがとうね」

すみれが言うと、

「お年より相手のボランティアって考えたこともなかったけど、いろんな事が分かってためになるよ」

コウは笑顔で返した。


休憩が終わり、すみれとコウは配給の手渡しを続ける。

一人の老人女性がすみれの前にやってきた。

彼女は配給カードを二つ持っていた。

申し訳なさそうな顔で、

「すみません、私の近所に歩くのが不便なお友達がおりまして、その方の分も私がいただいているのですが」

とすみれに声をかけた。

すみれが戸惑っていると、

「ああ、里平さん、わかりました」

と傍らから声がしたので振り向くと城戸が立っていた。

「今日は配給の量多めですからね。保西さんの部屋までお持ちしましょう」

城戸はそう言って、

「月山さん、申し訳ないですが、彼女と一緒に配給を持って行ってもらってもいいですか」

とお願いする。

すみれは助けになればと思い、即答する。

「はい、わかりました」

コウが「大丈夫?」というように視線を送ってきたのですみれは頷き返した。


配給品は飲料もあるので、かなり重かった。

2人分ならば手助けが無いと持ち運びは難しいだろう。

すみれは里平さんと呼ばれていた女性に付いていく。

里平さんはしきりにすみません、という言葉を繰り返しながらすみれを案内する。


公園を出てマンションの間の小道を通り、一棟の建物まで来ると女性はその中に入っていく。

メールボックスが並んだ廊下を抜けてすぐエレベーターがあり、二人はそれに乗り込んだ。

階段で登るには少し辛いかなと思うような階数でエレベーターが止まり、女性は奥へ進んでいく。

そしてあるドアの前まで来ると呼び鈴を押し、

「わかさん、配給もってきましたよ」

と呼びかけた。


しばらく待ってみたが返事が無い。

何度か押して呼びかけたが応答は無かった。

「いつもすぐ顔出すんですよ、変だわ」

と里平さんは首を傾げる。

「お出かけでしょうか」

すみれが尋ねると、彼女は首を振った。

「いいえ、足が悪いから外に出るなんてこと無いの」

「携帯を鳴らしてみてはいかがですか?」

「私たち、持ってないんです」

里平さんは恥ずかしそうに身を縮める。

そして考えると、

「心配なので、管理人さん呼んできます。すみませんが、呼びかけをお願いできますか?もしかしたら寝てるだけなのかも」

とすみれにお願いをして、エレベーターの方へ足早に向かっていった。


すみれは、

「すみませーん、いらっしゃいますか、配給をお届けにきました」

と叫ぶが、やはり応答がない。

ドア横の窓も閉まって曇りガラスのため、中を窺うことは出来なかった。

すみれは何度か呼びかけたが、依然として応えは無い。

やはり出かけたんじゃないかと考え、管理人さんまで呼ぶこともないのでは、と思っていると、里平さんと老人男性がこちらにやってきた。

里平さんに伴われた老人男性は、ドアの前で

「やすにしさ~ん!いますか、開けてください」と叫びどんどんドアを叩いた。

かなり強い力で叩くので、すみれはびっくりした。

あんなに乱暴に叩いて大丈夫かな、と思っていると管理人の男性は焦った様子で、

「予備のキーでドア開けます」

と言ってポケットから鍵を取り出し、ドアを開けた。


生暖かい空気がすみれの顔に当たる。

部屋の中かなり暑いんだ、と考えていると、管理人の男性が慌てて部屋の中に入り込む。

里平さんも急いで入っていった。

ようやくすみれも只事ではないと感じたものの、どうして良いかわからず戸口で待っていると、かすれた悲鳴が聞こえた。

「わかさん、大丈夫?大丈夫?」

里平さんの声だ。

その声に重なって、男性の声が聞こえる。

「救急車お願いします、場所は・・・・・」


すみれは異常を悟った。

病気か何かで倒れたのかもしれない。

大変なことになったと思った。

けれど何もできず立ち尽くしていた。

里平さんは奥でしきりに呼びかけている。

奥から管理人の男性が戻ってきた。

「ボランティアの方かね?」

すみれに尋ねる。

すみれは動揺しながら頷く。

「はい」

「この部屋の人が倒れていたんだ。恐らく熱中症だろう。いま救急車を呼んだ。申し訳ないが、あなたは城戸さんにこのことを伝えてくれないか」

「わかりました」

すみれはそう答えることしかできず、とにかく城戸さんに伝えなければと思いその場を去った。


すみれは急ぎ足で公園に戻る。

配給は既に終わり、スタッフが後片付けの前に休憩をしているようだった。

城戸の姿を探すと、テントの中にいたので駆け寄り呼びかけた。

「城戸さん」

城戸は顔を上げ、すみれが息を切らしているのを見ると怪訝な顔になった。

「おかえりなさい、ありがとうございました」

とすみれに礼を言う。

「あの、配給を持っていった部屋の方なんですが、熱中症で倒れているそうです。いま救急車を呼んでます」

すみれが一気に話すと城戸は表情を変えた。

「そうですか、わかりました。その部屋に行ってみます。保西さんのとこですね」

「はい」

とすみれが答えると、城戸は頷き他のスタッフと相談し、何人かを伴って足早に立ち去っていった。


コウがやってきて尋ねる。

「どうしたの」

すみれが事情を説明すると、コウの顔が曇った。

「大丈夫だといいね、その人」 

すみれは頷いた。

「うん、無事でいてほしい」


かなり時間が経ってから城戸が戻ってきた。

すでに撤収の作業は終わり、二人は他のスタッフと木陰で休んでいる。

すみれが安否を尋ねるかどうか迷っていると、城戸がそばまでやって来て言葉少なに伝えてきた。

「救急車が来たので、とりあえず収容してもらいました」

「大丈夫だったんですか?」

とすみれが聞いてみると、城戸は悲しげな顔をしてしばらく黙っていたが、ポツリと答える。

「すでに脈が無かったと聞きました」

すみれは息を飲む。

城戸はすみれと目を合わせて答えた。

「恐らく亡くなってると思います。けれどここでは熱中症で亡くなる方が何人も出ているんです。今月に入って私のいる地区だけでも十人以上の方が亡くなってます。珍しいことじゃありません」

「そんなに亡くなっているんですか」

城戸は頷いた。

「そうですよ、エアコンなんて無いですし、扇風機だって、冷蔵庫だって無い部屋がほとんどですからね」

すみれは愕然とした。

ここの人達は暑さをしのげるものが無く毎日過ごしていたんだと衝撃を受けた顔をしていると、

「リゾートですから、ここは」

城戸が呟いた。



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