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交差点

残酷なシーンになります(汗)

不快に思ったらすみません。


大きな交差点の傍らに、老人が立っている。

その肩ごしには多数の車が行き交っている。


枯れ木のように痩せ細った老齢の男だ。擦り切れたシャツとジーンズが痛々しい。

猫背の背中に、太陽が容赦なく照りつけている。

しかし老人の目は猛々しく、睨みつけるように正面を向いていた。

信号が青になったのだろう、老人の横を人々がすり抜けていく。

皆規則正しい歩幅で交差点を渡っていく。


老人は、片手に透明な液体の入った2リットルのペットボトルを持っていた。

ラベルも何もなく、裸のボトルだ。

横を通り過ぎる人々が時折そのペットボトルに視線を注いでいる。


「生きてて悪かったな」

老人が唐突に口を開いた。


「俺のような爺いが、これ以上生きてると迷惑になるんだろ?これまで社会の役に立ったっていう自覚はねえし、人を幸せにするなんて事も出来なかった。

ただ生き続けるだけだったぜ。

学がねえからろくな仕事にありつけなかったんでずっとその日暮しだ。這い上がる余裕なんてなかったね」

自嘲気味な口調で話し続ける。

「もちろん年金はもらえねえ。そりゃ当たり前だ。金を払えなかったからな。

だが自分でどうにかやってきた。人の世話になんてなりたくなかったから生活保護だって受けてねえ」


「ただもう身体がどうにもならねえ。どうにか生きようと思って関わりたくもねえ行政とやらに相談したら、「こっちも余裕ないんですよ」だの「自分でどうにかなりませんか」だの「自己責任でしょう」なんてさんざん言われたよ」

老人は口の端を上げた。


「誰もお前らの世話になんかなりたくねんだよ、本当に。

身体がぶっ壊れてにっちもさっちもいかねえから恥を忍んで行ってみただけだ。別に温かい言葉もいらねえ。だが、相手にもしねえし今の体たらくを全部こっちのせいにするのはどういうことだ?」

そう言って老人は正面を睨みつけた。


「どう足掻いても抜け出せねえことだってあるだろが?どう頑張ったって不幸が続くことだってあるだろが?努力すればなんとかなるなんてな、たまたまその努力がうまくいったから言えるだけのことだ。勘違いすんなってこった。

あと、よく自己責任て言葉よく言われたけどよ、それは見捨てるのに都合の良い理由だからだろ?」

老人の声が尖ってくる。

「言葉には出さねえがよ、社会に迷惑をかけるヤツはいなくなって欲しいっていうのが露骨に出てんだよ。いや、いなくなって欲しいじゃねえ、はっきり言えば死んで欲しいってことだ。税金を払うどころか無駄遣いさせるような人間はな」

老人は不愉快そうに鼻にシワを寄せた。


「俺の周りにはまともな仕事にありつけねえ奴が山ほどいた。今どうしてるのかは知らねえが、みんな思う存分不幸を味わってくたばってるだろうなあ。あいつらはえれえよ、不満も漏らさねえで。

たぶん誰にも知られないように死んだんだろうよ。どっかの山奥にでも行ってな。まるで野生動物だよ。死期を悟ったら誰にも知られずに死んでくみたいなよ」

老人は薄ら笑いを浮かべる。痩せた顔に酷薄な表情が浮かんだ。

「だが俺はそうしねえ。この俺が惨めに死んで行くところを大勢の奴らの目に焼き付けてやる。不幸な奴がこの国に沢山いるんだって事を思い知って貰うぜ」


「俺のような奴がいたらぜひ俺と同じようにして欲しいね。この国がどんなに冷たいのか、しっかり知ってもらわねえとな」

そう言うと老人はペットボトルの中身を自分の身体に振り掛けた。

臭いがきついのか少し顔をしかめる。


「こんな暑い日だからなおさら熱くなるだろな」

男は気の利いた事を思いついた、とでもいうようにゲラゲラ笑った。

そして呼びかける。

「おい、俺と同じような目に遭ってる奴。お前ら生きてたって無駄だ。この国で生きてる限り、どうしようもねえんだよ。早くくたばるのをおすすめするぜ」


老人はポケットからライターを取り出し、火をつけ自分の体に近づけた。

一瞬のうちに体に火がつく。

周りに居た人々から悲鳴が上がる。

老人は腕で顔を塞いで交差点の方へ歩き出した。


悲鳴の中、老人は歩を進める。体から盛んに炎が燃え盛り、近づけないような火勢になっていた。

信号はタイミング良く青だ。

もはや視界があるのかどうかもわからないが、老人は歩みを止めず交差点の半ばに来て足を折り、跪いた。

抑えきれない痛みのためか炎の隙間から苦鳴が聞こえる。

苦痛のため手足がバタバタと動いている。

体は真っ黒に焦げ付きかろうじて輪郭がわかっていた。

なおも燃え上がる炎の中で老人の動きが停止する。


画面が暗転した。


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