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回診Ⅳ


入ってきたのは阿子さんだった。

阿子さんは入ってくるなりすみれを見つけ、

「すみれちゃん〜」

と言って手を振る。とても若々しい仕草だった。

診察なのに、と可笑しく思いながらすみれも小さく手を振って返した。


「阿子さん、月山さんと顔見知りなのかい」


二人のやり取りを見た岡所が微笑みながら聞く。

どうやら阿子さんも岡所の回診を受けているらしく、岡所は打ち解けた感じで阿子さんに接していた。

阿子さんも砕けた口調で、

「ええ、とても若いお友達」

 と言って朗らかに笑う。

つられてすみれも笑って合わせた。

「はい、そうです」

「阿子さん、良いお友達が出来たね。それはそうと、月山さん、顔が広いんだね」

岡所がすみれにも水を向けたので、

「あの、ボランティアでお会いしまして親しくさせていただいてます」

すみれはコクコクと頷きながら答えた。

「そうそう、親しくしてるの。お部屋にも来てもらったりもしてね」

阿子さんは何故かドヤ顔で岡所を見る。

ははは、と岡所は笑った。

「若い人と接するのはいい刺激になるものね。じゃあ診察始めますよ」

「はい」

阿子さんは居住まいを正して答えた。

「身体の調子はどうですか?」

「ぜーんぜん悪いとこ無いですよ、物忘れがひどいけど、それは生まれてからずっとだし」

「そうかなあ、阿子さんは物忘れなんてしそうに見えないけどね」

「ありがとうございます」

岡所が首を傾げると阿子さんは少しおどけてお辞儀をした。

「じゃあ血圧測りましょうか」

そう促して岡所は阿子さんの腕にバンドを巻き付ける。

カシュ、カシュと音をさせながらポンプの音がして、しばらくしてシューっと音がした。

「うーん、ちょっと高めかな」

岡所の眉間にシワが寄る。

「だいたいいつも高めですよ、先生」

「まあ、塩分を摂りすぎないように。あまり味の濃いものは食べないようにしないとね」

そう岡所にたしなめられると阿子さんは首を捻る。

「そうなんですけどねえ、歳取るとだんだん味がしなくなってくるんですよ、それでついつい味を濃くしたり、味の濃いもの食べちゃうんです」

岡所はコクコクと頷いた。

「確かに年々味覚の機能は衰えるけれど、やっぱり濃い味のものは控えるようにしないといけませんよ、塩分摂りすぎになるから」


「わかりました。でも先生、私ずっとコンビニ弁当やインスタント食品で生きてきましたけど、不思議と身体何ともないんですよ」

阿子さんは尚も朗らかに笑う。

「それはまあ、今までは良かったと思うけれど、もうこれからは気をつけてくださいよ」

岡所は辛抱強く阿子さんを嗜めると、

「じゃあ、胸の音聞きますね」

と促す。

「はあい」

阿子さんは着ていたシャツを捲り上げる。

思いのほか筋肉質な背中だ。

肩甲骨の下の部分は弛んでおらず、綺麗に反り返っている。

そういえば座っている姿勢もしっかりしているな、とすみれは感じて阿子さんは今までどんな仕事をして来たんだろう、と思った。


岡所はしばらく心音を聞いてが、やがて顔を上げた。

「うん、問題なさそうだね」

「だと思いました」

阿子さんは嬉しそうに言った。

「けれど、血圧は高めだから油断しないように。出来るだけ味の濃いものは控えて、野菜を多く摂ってください」

「先生、最近野菜も本当に高いですし、なかなか食べれないんですよ。レタスとか葉物なんて、もうほとんど食べてません。すっかり高級食材になりましたよねえ」

「確かに気温が高いせいで葉物は取れにくくなってますね。それなら豆類でもいいですよ、納豆や豆腐とか。まだ安いでしょう」

「それなら大丈夫かなあ」

「あとは適度に身体を動かしてください」

「それなら出来ると思います。わたし、ずっと身体動かす仕事してたから、動くのは好きなんです」

阿子さんはニッコリと笑った。

「かなり身体動かす仕事だったんですか?」

岡所が聞くと、

「これまでいろいろな仕事してましたけど、全部体力仕事でしたよ。工場にもいたし、ホテルのベッドメイクもしてました」

阿子さんは思い出すかのようにチラッと上を見上げた。そしてニコッと笑った。

「今も清掃のバイトしてますけどね」

「達者ですね、まあ運動と休息を適度にとって食事に注意してください。あと、少し涼しくはなりましたけど、水分を十分摂って下さいね」

岡所もつられて微笑みながら阿子さんに言った。

「はあい」

阿子さんはハツラツと答えた。

阿子さんが生き生きとしてるのは身体を動かす仕事をずっとしてきたからなのだろうか、とすみれは思う。

受け答えもしっかりして淀みないし、動作も若い人と遜色無い感じがする。

リゾートに来ているからには恐らくこれまで順調な人生だったわけでは無いだろうと思われた。

だけど、苦労しながら生きてきたのかもしれないけれど、こんなに溌剌として元気でいるなんて、すごいなあ、とすみれは感動のような気持ちが湧き上がってきていた。

 

「阿子さん、身体の調子で気になるようなところはありませんか?」

岡所が聞くと、阿子さんはあっさりと、

「ありませんねえ、だいたい変わりないです、そりゃあ若い頃より疲れが取れにくくなりましたけど、いたって元気だと思います」

と笑いながら答えた。

「そうですか、じゃあ安心ですね、阿子さんはいつも朗らかだし心も安定してますね。とても良い事だと思いますよ」

岡所も笑顔でそう言った。

「ありがとうございます」

「じゃあ今日はここまで、また次の回診で」

「はあい」

阿子さんはすっと立ち上がると、すみれを見て笑って手を振る。そしてまたお辞儀をして、

「ありがとうございましたあ」

と言うとテントを出て行った。


なんか爽やかな風のようだな、とすみれは感じて、こんなお年寄りになりたいな、と思った。





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