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回診


風を涼しく感じている。

ようやく過ごしやすい季節がやってきた。木の葉が色づき始め、瑞々しい緑の香りの中に乾いた匂いが混ざる頃。

すみれは竹のエリアにやってきていた。


いつもより早めに配給が始まるため、朝の時間を少し過ぎた頃に家を出ている。

今日はボランティアの医師達による野外診療があるとの事だった。

すみれは初めてそのような活動をしている人々がいる事を知って驚いた。

どのような活動なんだろう。

野外診療と言うと野戦病院みたいなものを思い浮かべるが、そうではないだろうし、どのような診療が行われているか想像もつかない。

気になるのはどの程度の診療が行われるかということ、どんなお年寄りが診療に来るのだろうということ。

すみれが見てきた老人たちは様々だが、健康に気を使えるような状態の人はほとんどいない。

だから身体を壊している老人は多いだろうし、かなり重篤な人だっているのではないか。

そんな心配も出てくる。

すみれは出来れば配給の後に手伝いは無理としても見学させてもらえないか城戸さんにお願いしようと思った。


竹の配給場所の小さな公園に行くと、すでにいつもより数多くのテントが設営されており、たくさんの老人達が集まっていた。

野外診療が行われる事を知り、診てもらおうとやって来た老人達だろう。


すみれは城戸さんを探すと、すぐにその痩せた姿が設営されたテントの中で忙しそうに動いてるのを見つける。

「おはようございます!」

元気よく挨拶すると、城戸さんが振り向いてニコっと笑いかけてきた。

「すみれさん、おはようございます」

「今日もよろしくおねがいします」

すみれがペコッと一礼すると、城戸さんも律儀にお辞儀をしてきた。

「ええ、いつもありがとう。こちらこそよろしくお願いしますね」

「今日は野外診療なんですよね?」

「ええ、そうですよ、ボランティアのお医者さんや看護学生の方、医学部の学生の方も来てくれて問診や薬の提供もするんです」

「あの、差し支えなかったら私も見学させてもらえないでしょうか?

すみれが恐る恐る尋ねると、城戸さんは少し驚いた顔を見せ、聞いて来た。

「興味あるんですか?」

「ええ、どんな活動をされているのか側で見せていただけたらと思いまして」

「そうですか…」

そかで城戸さんが一瞬躊躇うような、戸惑うような素振りをみせる。

すみれはその様子を見てやはり迷惑なお願いをしてしまったのかもしれない、と思い不安になる。

ご無理なら大丈夫です、と言って引き下がろうかなと考えていると、城戸さんが躊躇う様子を消して再び微笑みを浮かべた。

「わかりました。じゃあ、私の方から医療ボランティアの方々にすみれさんのこと伝えておきますね」

「すみません、ありがとうございます!」

すみれはホッと胸を撫で下ろしてピョコン、と頭を下げる。

城戸さんは微笑みながら静かに頷いた。


過ごしやすい気温のせいか、真夏のさなかと比べると配給の列に並ぶお年寄り達の顔も和らいでいる。

配給を手渡ししながらいつもと同じく声をかけていると、気分良く返してくれる人も多い。

しばらく配給を手渡していると、

「月山さ~ん」

とすみれを呼ぶ声がする。

顔を上げると、すみれが手渡している列の数人後ろに阿子さんと阿竹さんがいて、阿子さんが手を振っている。阿竹さんは柔らかく微笑んでいた。

「あ、お久しぶりです」

すみれも小さく手を振った。

「月山さん、元気にしてた?」

阿子さんがすみれの前に来ると、尋ねてくる。

「ええ、元気です。ご無沙汰してました。今日はお二人で?」

「そうなの。あゆみちゃんとね」

そう阿子さんが返すと、後ろにいる阿竹さんがすみれの顔を見て頷いた。

その様子を見て、どうやら今度は自分のことを覚えてくれていたようだ、と思いすみれは少し嬉しくなった。

「あ、今日は野外診療ありますものね、そちらにも行かれるんですか?」

すみれは阿子さんと、阿竹さんの分の配給を手渡す。

「そうなの、私とあゆみちゃんも診てもらおうと思って」

「私もその診療見学させていただくお願いしてるんです」

「そうなの?じゃあ、また後で会えるね」

阿子さんが阿竹さんと顔を見合わせると二人とも嬉しそうに笑った。

「ええ、また後で」

すみれがそう言うと、阿竹さんが口を開く。

「ええ、月山さん、また後でね」

「じゃあ後でね~」

阿子さんが手を振り、二人は去っていった。


配給が終わり、片付けをしていると城戸さんがやって来て、

「月山さん、診療の方々に話しは通してきましたよ。こっちの片付けは大丈夫ですから、見学に行ってきてください」

とすみれを促してくれた。その様子にさっきの躊躇いの色は見られなかった。

「すみません、ご無理を言って」

すみれが思わず謝ると、

「いいんですよ。月山さんがいろんな事に興味を持ってもらえて私も嬉しいです」

城戸さんは柔らかい眼差しですみれを見てくる。

最初会った時は城戸さんが、これほど親切で穏やかな人とは思っていなかった。

今はすごく良くしてもらって本当に有難いな、とすみれは感じる。

その気持ちも込めてすみれはきちんとお辞儀をした。

「いつも助けていただいてありがとうございます。今回も感謝してます」

城戸さんはすみれの様子に少しびっくりしたようだったが、

「気にしないでくださいね。こちらもすみれさんにはいつも手伝ってもらってありがたいと思ってますから」

と言って笑った。

あ、名前、初めて言って貰えた、とすみれは嬉しくなり、

「じゃあ、すみませんが、診療の方見させてもらいます」

と言ってその場を離れた。


野外診療のテントは配給テントのすぐそばにあった。

何張りかのテントが並んでいて、すでに診療が始まっているらしく、その周りや中から話し声が聞こえる。

それぞれの入口には老人達が並んでいた。

「野外診療、お身体の相談」という掲示版が台の上に置いてあって、その傍ではボランティアの女性が案内をしていた。

「体調について相談したい方はこちらです~」

すみれはその方に、

「すみません、ボランティアで配給の手伝いをしているんですが、野外診療の方も見学させていただこうと思いまして・・・・」

と緊張しながら話しかける。

その女性は、

「ああ、城戸さんから聞いてますよ」

とすぐに分かってくれて、にこやかに一つのテントを指差した。

「あちらのテントに向かってください。見学できますよ」

「ありがとうございます」

すみれはお礼を言ってそのテントに向かった。



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