再開Ⅱ
南出さんが
「また再開出来て本当に良かった、嬉しいですよ」
と言って微笑む。
「私も待ち遠しかったですよ」
後に続いて城戸さんが目を細めると、
「前も綺麗なお店でしたけど、もっとおしゃれな雰囲気になりましたね」
と感心した様子で店を見回した。
「おっ、新しいパンがあるじゃないか、こりゃなんてパンだい?」
貝崎さんが、興味津々でスコーンを眺める。
「そう、新作なの。このスコーン」
「ん?何だって?コーン?」
貝崎が困惑した顔をする。
「スコーンよ、パン菓子の一種」
「す、こーん」
貝崎は辿々しく復唱したが、頭には入って無さそうに見える。そしてすぐに他の商品を指差した。
「あと、これも新しいな」
「そう。これはアップルパイ。自信作」
荒栄さんはふふん、といった面持ちで
「ぜひ食べてみて」
と手の平をアップルパイに向けて指し示した。
「これ気になってたの、ぜひ買わせていただくわ」
城戸さんがいつの間にかトレイを持っていて、トングでアップルパイを摘んだ。
「毎度ありがとうございます!」
荒栄さんはにっこりとした。
それから城戸さんと貝崎さんはパンを選び始めたが、南出さんだけが荒栄さんの側に寄ってきて、
「荒栄さん、報告があるんだ」
と心持ち硬い顔で呼びかける。
荒栄さんは訝しげな顔をした。
「どうしたの?」
「先日、呼び出されて警察行ってきたよ」
荒栄さんの顔がこわばった。
「何かわかったの?」
「店を壊した犯人がわかったそうだよ、30代のサラリーマンの男だって」
「もしかしてそれ・・・」
荒栄さんが驚きに目を見開く。
「誰だか知ってるのかい?」
「前に店の商品をワザと握りつぶしたりして嫌がらせのようなことをしてたサラリーマンの男がいたの。私がその男を見つけて注意したらすごい剣幕で怒ってね。もしかしたらその人かなって」
「そんな人がいたのかい・・・・・・。もしかするとその男なのかもしれない」
南出さんは顔を歪める。
「ともかく、後日店の方にも警察から連絡いくだろうから」
「わかったわ」
荒栄さんは怒鳴られた時のことを思い出したのだろうか、暗い顔つきになった。
すみれもあの時店で起こった出来事が脳裏に映って嫌な気持ちになる。
コンビニのバイトでも時々嫌な客はいたが、あそこまで異常な怒り方をするのは見たことがない。
そして、得てしてお客に感謝されたり褒められたりすることはそれほど覚えてないが、怒鳴られたり嫌なことをされたことのほうが心に刻まれやすいと思う。
「とにかく、犯人がわかって良かったよ」
南出さんが暗くなった雰囲気を和らげようと明るい口調で言った。
荒栄さんは顔を上げると少し口角を緩めた。
「そうね、本当に良かったわ」
その時店の出入り口にまたお客さんの来る気配がして、すみれがその方に顔を向けるとそこに見覚えのある子供連れの女性が立っていた。
すみれはすぐにそれが誰だかわかったので荒栄さんの肩を叩いて出入り口を指差す。
「まあ」
荒栄さんの表情がパッと明るくなった。
そこにはえなちゃんとお母さんがいた。
えなちゃんはキョロキョロ店内を見渡していて、荒栄さんがくるのがわかると、恥ずかしそうに小さく微笑んでからお母さんの腰にすがりついた。
「えなちゃん、こんにちわは?」
お母さんが優しく促すと、
「こんにちわ」
と荒栄さんを見上げる。
しかし、荒栄さんやすみれ、店のスタッフが自分を見つめてることに気づくと、
「〜っ」
と声にならない叫び声を上げてお母さんの腰に顔を埋めてしまった。
「えなちゃん、こんにちは!来てくれてありがとう」
荒栄さんが声をかけると、えなちゃんはお母さんの腰から顔を覗かせる。
まだもじもじしているえなちゃんに荒栄さんは、
「こないだ、えなちゃん絵をくれたでしょ、私達とても嬉しくて、飾っているのよ」
と語りかけ、店のカウンターを指さした。
そこには焦茶色のシックなあつらえの額縁に、えなちゃんの絵が飾ってあった。
「あ〜っ!あたしの絵!」
えなちゃんが興奮して叫ぶと、絵を指さした。
「あらあら、えなちゃん、良かったわね」
お母さんも驚いた様子で絵を見つめた。
「えなちゃんがくれた絵で私達とても元気出たの。
だからこの絵を店に飾って毎日見て、頑張ろう!って力をもらうことにしたのよ」
「えなの絵を見ると元気出るの?」
えなちゃんが目を見開いて荒栄さんを見る。
荒栄さんはえなちゃんと同じ目線までしゃがむと、大きく頷いた。
「うん!えなちゃんの絵ですごく元気出るよ」
「ほんとう?」
「ほんとうよ。えなちゃん、素敵な絵を書いてくれてありがとうね!」
荒栄さんが顔をクシャクシャにして笑顔になると、えなちゃんは手を叩いて喜んだ。
「よかったあ!」
「えなちゃん、いい事したね。お母さん嬉しい」
えなちゃんのお母さんも満面の笑みでえなちゃんを褒めた。
「そうだ!お店が再開するのに合わせて新作のパンを出したんです。絵のお礼に、召し上がってください」
荒栄さんが胸の前で手を合わせる。
「え、そんな、頂くわけには・・・・」
急な申し出にお母さんが戸惑うと、
「えなちゃんにお店の再会を手伝ってもらったようなものなんです。ぜひもらってやってください」
荒栄さんは嬉しそうにそう言った。
「ばいばーい」
えなちゃんがにぱっと笑いながらぶんぶんと手を振る。
片手には荒栄さんが進呈したアップルパイとスコーンの袋を大切そうに抱えている。
お母さんは購入したパンの袋を抱えながら何度もお辞儀をしていた。
えなちゃんとお母さんはとても楽しそうにお店のパンを選んでいて、その様子はすみれにとっても微笑ましいものだった。
えなちゃんはぴょんぴょんと跳ねるような足取りでお母さんの手を握ると去っていく。
見送る荒栄さんの横顔は最近の中で一番嬉しそうだった。
「本当によく来てくれたわ。私、一番えなちゃんにお店が再開したことを見せたかったもの」
「そうですね」
荒栄さんの言葉にすみれは頷く。
再開したお店に来たお客さん達は、誰もが嬉しそうだった。
「また再開して良かった」「待ってました」そういう言葉を何度も聞くことがあって、お年寄りで運営されたこのパン屋が沢山の人に受け入れられていたことに、すみれは嬉しくなると同時に安心してもいた。
最近は老人に対する世間の目が次第に厳しくなってきて、老人がいるために国全体が衰退するとか、老人は生きているだけで迷惑をかけている、という風に老人達がまるで厄介者のような扱われ方をしてきている。
このままでいけば本当に老人が排斥されるのではないか、と思うほどだ。
一体いつからこんな風に人々の考え方が変わってしまったのだろう。
すみれは世間の風向きというものがこれほど変わりやすく、そしてうつろいやすいものであることに
衝撃を受ける。
つい何年前には考えられなかったような雰囲気が世間に立ち込めてきている。
こんなに人の気持ちが変わりやすいものだとは思いもしなかった。
こんなに人の気持ちが薄情なものだとは思いもしなかった。
これからどうなるんだろう、すみれはさっき安心した気持ちがすぐにまた暗くなっていくのを感じた。




