論争
街宣車の周りには支持者であろう、数十人の人々が集まっていた。
全て20代〜40代くらいまでの男女で、やはり「RP」のロゴの入ったTシャツやキャップを被っている。
「私達は、現役世代をより豊かに、幸福にするために活動しているレボリューションパーティ、略してRPと申します!この国を背負っている私達がもっと頑張れるように、みなさんのご支持をお願い致します!」
街宣車の上で演説する男性がいる。
その男性はほっそりとしているが引き締まって均整の取れた立ち姿をしており、若さが漲る颯爽とした若者だった。
その若者が爽やかな笑みを浮かべて話す様は自信に満ち溢れ、人目を引く姿も相まってすぐに立ち止まる人が増えていく。
彼は続けて、
「私は、RPの管岩康、といいます。」
と自己紹介を行い、礼儀正しくお辞儀をする。
「今日はこちらでお話をさせていただくことで私達RPの活動を知ってもらい、ご支持を得たいと思っております。大変お騒がせいたしますが、お許しください!」
すると周りの支持者が一斉に拍手をする。
それに釣られ、話を聞いていた一般人もパラパラと拍手を始めていた。
「現在、私達の国は大変苦しい状況です。新たなイノベーションも無く、産業も生まれないまま。
国力が低下するため円安は続き、すでにGDPでは東南アジアの国にさえ劣る。
一方で人口は減っていくばかりでで有効な対策は行われておりません。
若者が就職出来ているのは単に人手が足りていないからです。
税収が少ないので税金も高くなるばかり、物価も上がり続けています。
皆さんがご存知のとおり、閉塞感に満ちているのが今のこの国なんです!」
管岩がそこで口を閉じると重苦しい沈黙が辺りを支配する。
すでに皆が知っている事実だが、公の前で声高に語られると誰しもが表情を曇らせる。
「何故か?」
菅岩は聴衆に問う。
誰も答える者はいない。
「それは先の世代の方々の所為だと私は考えます。
つまり氷河期世代と言われる人々が未来を真剣に考えず、この国や政治に対する関心を疎かにした結果だと思います」
淡々と語られる言葉が、聴衆をその場に立ち尽くさせる。
「当時は就職難で、先行きも見えずその頃の状況が厳しかったのは事実でしょう。でも、その環境を変えようと思っていたのでしょうか?積極的に声を上げ、政治を動かし、自分たちの将来をこの国の未来と重ね合わせ、幾らかでも自分たちが置かれた立場を変えようという努力をしていましたか?」
またもや沈黙がその場を覆う。
菅岩は聴衆一人一人の顔を見つめるように周りを見渡す。
「私には先達の人々がそうしていたようには思えません。
政治にもっと関心を持ち、選挙に行き自らの不満や考えを表明する。
たったそれだけのこともせず、この国が悪くなるのを見過ごしてきた。
今のこの状況を作ったのは彼らです。
それ故に私は、今の老人達をこれ以上救済するような施策に真っ向から反対し、現役世代を手厚く保護するよう訴えます!」
菅岩が言い終わると、拍手が起きた。
支持者だけでなく、周りの聴衆も賛同しているようだった。
その時、
「皆さん、聞いてください!
私たち氷河期世代がこの国を悪化させた。
そのような一方的な意見には承服致しかねます!」
と叫ぶような声がした。
声の主は賀来正だった。
賀来は言及する。
「当時の状況は、声を上げればどうにかなるようなものではありませんでした!
バブルの崩壊は、私達が主導したものではありません。
景気が悪くなり、就職難や人口減少が起きた事、日本という国が地盤沈下したのは全て我々に責任がある、と言うような主張は心外です。
結果論で言われるのは自由ですが、それは真実ではありません。
我々氷河期世代が加害者のように言う論調には承服しかねます。
私達は時代の被害者と言っていいと思います」
賀来は声を張り上げる。
すると、
「皆さん、あのように言及しておられますが、果たしてそう思いますか?」
今度は菅岩が賀来の主張を取り上げて疑問を投げかける。
どうやら演説は双方の言い合いの様相を呈し始めてきた。
「この国が氷河期世代を境にして落ちぶれていったのは事実ではないですか?
それなのに責任が無いというのはまだしも、被害者のように振舞うのはいかがなものでしょうか。
そんな姿勢には疑問を感じます。
この国を悪化させたことに責任を感じるどころか、その時の時代情勢を理由にして被害者のように振舞う。
このような姿勢、つまり、自分達の窮状の事しか訴えず自らで改善しようとしない責任転嫁や無気力さが、この国をどんどん悪い方向に向かわせたとなぜ考えられないのでしょうか?
そのような人々にこれ以上の支援が必要あるのでしょうか?
我々RPは、老人の保険料を現役世代に近づけ、生活保護支給の引き下げや厳正な適用を求め、働ける老人達への年金の引き下げを提案します!
そして若者や子育て世代への給付、先端産業への投資など未来ある部分への拠出を増やすように求めます!」
大きな拍手が上がる。
すでにまわりの聴衆のほとんどが菅岩の方を向き、集まっていた。
そこかしこから賛同するような声も上がっている。
一方で賀来達老人の周りに集まる者はおらず、閑散とする有様だった。
それでも賀来は声を張り上げた。
「聞いてください!
先程も申し上げたとおり、私達の多くはすでに困窮しているんです!
働いても満足な手取りが無かったため社会保険料も満足に払えず、年金はわずか、もしくは貰えない人が増えているんです。
私達は、病気をしても病院に行けません!そのような余裕がないのです。
急な出費には耐えられない状態なんです!
だからどうか病気になりませんように、と一日一日を薄氷を踏むような思いで生きています!
そのような私達にどうか、どうか生きていけるようご支援をいただきたいのです!」
その必死に訴える姿に、少人数ながら聞き耳を立てるように見える人々もいるものの、大多数の注目はやはり「RP」の方に向いている。
菅岩がそこで主張する。
「困窮しているのは老人の方々だけでしょうか!
違います!我々現役世代だって困っているじゃありませんか!
物価高は止まらず特に食料品の値段は上がり続けています。
日本で作った高品質の商品は高く売れる外国に輸出され、値段が高く設定されてしまって日本人が購入できなくなっているという事態が発生し始めており、日本国内の消費は減少する一方です。
そして今や国内旅行の消費額は日本人旅行者よりも外国人旅行者の方が多いんですよ!
これはすでに、この国の人々が満足に生活を楽しむことができなくなってきている、ということに他ならないじゃありませんか。
ここは一刻も早く現役世代への投資が必要なんです!
皆さん!
私達へのご支援をどうかお願いいたします!」
拍手が上がり、「その通り!」などと声も上がる。
その反応に、賀来は唇をギュッと引き結びながら言葉を絞り出す。
「もちろん、現在の状況をどうにかする、これは疎かにしてはなりません!
しかし必死に生きている老人の声をどうか聞いて欲しい。
明日生きれるかもわからないような人が本当にたくさんいるんです。
そしてそんな老人が今も増え続けているんです!
このままだとそのような老人達の不満が爆発する、そんな危惧さえ覚えます。
すでに様々な事件が各地で起こってしまっています。
そうならないためにも老人達への支援は必要なんです!!」
すると菅岩が被せるように叫んだ。
「皆さん聞きましたか!!今の言葉。
あの方が言ったのは老人達が暴発するかもしれないという危機を煽りたて、それを盾に彼らの権利を保証しろと、そういう主張でした。
これはもはや脅迫ではありませんか?
そんな言葉に惑わされるべきではありません!
不満があるからと言って暴力的に不満を表すことなどというのは以ての外です。
私達はそんなことを許してはいけません!
我々現役世代の行く末が、すでに大多数となっている老人達の犠牲になることに断固として反対します!
皆さんで抵抗しましょう!私達現役世代でこの国を作り直しましょう!」
ものすごい拍手と歓声が上がった。
菅岩は握りこぶしを挙げてアピールする。
その有様をスマホで何人もの支持者や聴衆が撮っている。
次々に同調する声が上がる。
「皆さん!聞いてください!
私達が言いたいのはそういう事では無くて・・・・・」
という賀来の言葉は掻き消され、誰も省みるものはいなかった。
周りの聴衆の目は菅岩に釘付けで、賀来を見る目は冷え冷えとしたものだった。




