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訴え

日曜日の渋谷駅の交差点は、とても混雑している。

道幅いっぱいに人が広がり、お祭りのようにそぞろ歩いていて、行き交う人々は自分のペースで歩くというより、人波に運ばれているように見える。

その人混みの中で、山彦のように声が響いていた。


「私達は、Future of oldman、略してFOという老人の権利を主張する団体です。

私は代表を務めさせていただく賀来正、と申します。

本日は、この場で多くの老人が置かれている厳しい状況について訴えさせていただきたい。

そしてどうか、老人達の境遇改善にご理解をいただきたいと思います」


交差点前の広場に、十人くらいの老人達が立っており、その中の一人が折りたたみの踏み台の上でメガホンを持っている。

今の発言はその老人から発せられたものらしい。

短く刈り込んだ髪、意志の強そうな目、頑丈そうな顎、精悍な印象を受ける老人だった。

その周りに応援者だろう、60代〜70代の老人が少し所在無げに立っている。

男性も女性もいる。

服装はバラバラだ。

何も統一感は無く、唯一共通しているのはいずれも老人だという事のみ。


賀来正と名乗った男がまた口を開く。


「私達の世代の若い頃は不況のただ中でした。

そのため就職するのが難しく、どんな会社でも雇用されて働けたらありがたい、という状況でした。

一度働き始めたらどんな目にあっても働き続ける。

簡単に辞めるなんていう選択肢はありません。

会社もそれを知っていました。

だから労働環境や待遇は劣悪なままだったんです。

改善なんてされません。

手取りは何時まで経っても上がらない。

満足な休日もとれません。

退勤の時間が来たって帰れず、残業になっても「お前がやっているのは業務じゃない、だから残業とはみなさない」などと言われて残業扱いにならなかったり、退勤時間になったらタイムカードを打刻して、そのまま働き続けたりという事が平然と行われていました」


そこで賀来はいったん口を切り周りを見渡すが、足を止めて演説を聞こうとする人はいない。


だが賀来は続ける。

その表情は真剣で、声の調子も切迫していた。


「私達はそんな状況でずっと我慢しながら生きてきました。

希望の職種で働けなくても、

入った会社で不当な扱いを受けても、

家庭を持つだけの経済力が得られなくても、

結婚もできず、家族を作ることができなくても、

ただ生きるためだけに、我慢してきたんです。

その中でおよそ人生で幸せと呼べるだけの瞬間がどれだけあったでしょうか。

もちろん自己の責任であることも理解しております。

けれど本当に全てが自己責任でしょうか?

不況は私達のせいでしょうか?

正社員の募集が極端に少なくなったのは私達が原因?

正社員になれず非正規雇用で働いたのも私達のミス?

就職して職場の劣悪な環境に耐え切れず辞めたのも忍耐が足りなかった?

非正規雇用で働いたため結婚が出来なかったのも全て自分の努力が足りなかった?

私はそうは思いません。

私達はあの時代に翻弄されながら必死に生きてきたんです。

全てを自己責任にはできない、と考えます。


そしてこの年齢までなんとか生きてきましたが、昨今の大部分の老人達が置かれてる現状は、もう生きるのさえ精一杯というところまできているんです。

年金も満足に無く、家や頼れる親族もいない。

すでに明日どうなるかもわからない老人達が続々と出てきています。

そして最近、その老人たちが様々な方法で不満を表し、世間を騒がすようにまでなってきました」


賀来はそこで何かをグッと堪えるような表情をして下を向いた。

道端に、足を止めて聞き入る人がちらほらと出始めていた。

賀来達と同じような老人もいれば、若者もいる。勤め人風の男性やショッピングらしき女性もいた。

賀来が必死に語りかける様子に、少しずつ引き込まれているようだった。


賀来はそこで顔を上げる。


「世間の皆様に私達老人が重荷になっているのはわかります。

迷惑をかけている老人が増えていることも申し訳ないと思います。

しかし訴えたいのです。

最低限、私達老人が生きていくのだけは許して欲しい。

そして私達がこの国で生きていける保証を求めたい。

生きる、それでだけでいいんです。

生きていけさえずれば暴力的なやり方で不満を表すような老人はいなくなるでしょう。

私達は、多くの困っている老人に対する待遇の改善を求めます!」


パチパチパチ、と周りにいる応援者らしき老人達から拍手が上がった。

その表情はいまだ緊張気味で、人前に立つ事に慣れていないような面持ちだった。


「私達は使い捨てのように生きてきました。

這い上がる事も出来ず、這いつくばる事しか出来ていない。

満足な収入が無いせいで税金を、年金を払えす、家庭を持って子供を育てもせず、国民の義務を果たせたとは言えません。

そのために国に迷惑をかけてきたのはわかります。

けれど、それでも私達はあの不況の時代を支えてきたんです。


だからこの国の社会の片隅に私達を置いて欲しい。

生きる保証を国からいただきたい。

あの時代を乗り越えた証を求めたい。

お願いします、氷河期世代という困難な時期を生き抜いた老人達にどうかご理解を!」


賀来が叫ぶように言葉を発すると、周りの老人も叫んだ。

どの顔も真剣で、強ばっていたが叫びは必死だった。


「お願いします!お願いします!どうかご理解を!」


その声は「どうかご理解を」という言葉が「どうかお慈悲を」と聞こえるような程、悲痛に聞こえた。

そして賀来が頭を下げると、老人達も深々と頭を下げた。


賀来は頭をしばらく下げた後、また向き直って演説を続ける。


「私達の境遇をご理解いただき、是非ご賛同をお願いいたします。

先ほど私達の生きる保証と申し上げましたが、現在の老人達で五万円以下の低年金受給者、無年金者は老人全体の4割以上にのぼるとも言われています。

そして・・・・」


と尚も賀来が演説を続けようとしたその時、

いきなりスピーカーから流れていると思われる大きな声が鳴り響いた。


「ありがとうございます!

私達はRPと申します!

レボリューションパーティ、略してRPです!

私達は、この国を変えていきます!

我々若者の力で変革いたします!」


大きめの街宣車が道脇に止まっていて、その屋根にはスピーカーが備え付けられている。

先ほど声の残響が谺していた。

そして車の上にはRPと大きく描かれたロゴのあるTシャツを来た20~30代くらいの男女が数人立っていて、手を振っている。

頭に被っているキャップにも「RP」のロゴが入っており、統一感のある出で立ちだった。



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