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修復


次の日もすみれは松のエリアに来ていた。

朝早くにきて、壊されたパン屋の片付けを手伝っているのだ。


荒栄さんはすみれが来たのを見て目を見開くと、

「ありがとう」

と目を潤ませて感謝の言葉を口にした。

すみれはただ首を振って、

「何かさせてもらいたいと思ってきました。なんでも言ってください」

と伝える。

荒栄さんは黙って何度も頷いていた。


荒れ果てた店の中に立ってすみれは思う。

とにかく今は店の中を片付けることに専念しよう。

そしてできるだけ早く店を開けられるように助けていくのだ。

そう心に決めて彼女は作業を開始した。


荒栄さんや他のスタッフのお年寄りたちは黙々と店の中を清掃している。

店の中は昨日も見てわかっていたが、本当にいろんなものが散乱している。

壊れた棚、テーブル、トレイ、ぶちまけられた袋や包装紙、レジロールなど。

中には割れたガラスや皿の細かい破片があちこちに散らばり、危険だった。


この残骸を全部片付けるのはかなり手間がかかりそうだとすみれは思う。

まずは壊れた棚やテーブルを店の外に運ばなければならない。

そういった大きなものは二、三人がかりで持ち上げて運んだ。


幸い、エアコンは壊されておらず作動したので、店の中は作業をしていても熱中症になることはなさそうだ。

それにしても、誰がこんなことをしたんだろう。

本当に許せない。

荒れ果てた店内で片付けをしながらすみれは唇を噛んだ。


お昼近くになってようやく店内は片付いてきた。

しかし店の什器や備品がことごとく壊されており、被害の大きさが分かるにつれ皆の顔に悲しみの色が濃くなってくる。

店が元通りにやり直せるのだろうかと心配のあまり諦めの表情を浮かべる老人女性もいた。


お昼ころ、

「お邪魔します」

と声がして南出さんが顔を出した。

「あら、南出さん来てくれたの。ありがとう」

荒栄さんが、頭を下げた。

南出さんは手を振って、

「さっき警察に行ってきたんだ」

と言うと、荒栄さんや作業をしている老人達が一斉に南出さんの方を見た。

「何かわかったの?」

荒栄さんが少し緊張した様子で尋ねた。

「警察で防犯カメラの記録を確認すると、若い男性が1人夜中に侵入していたそうだ。これから本格的に調べるみたいだよ」

「そう・・・。なんでウチの店にそんな事したんだろう」

荒栄さんはため息をついた。

そして、

「やっぱり年寄りが出しゃばって店なんか開いたらダメなのかねえ」

と悲しげな表情を浮かべる。

周りの老人達が荒栄さんの嘆きを聞いてうつむいていた。

「今の世間様は私達老人に厳しい目を向けてるみたいだし肩身が狭いよ」

すみれはなおも荒栄さんがポツリとこぼすのを聞いて、思わず言った。

「そんなことないですよ、一部おかしな人がいるだけで、肩身が狭いだなんて思わないでください」

荒栄さんは弱々しく微笑んだ。

「そうなのかな。でも邪魔に思われてるみたいでねえ」

「荒栄さん、気にする事無いですよ」

すみれが元気づけようとしても、荒栄さんの顔は晴れなかった。


それから南出さんも片付けに加わり、作業は黙々と進んだ。

午後を回り、いったん休憩にする。

店内で床に座り昼食をとるが、皆の顔は沈み、出てくる言葉は少ない。

すみれは何とも言えないもどかしさを感じながら持ってきたおにぎりを頬張った。


昼食後、作業を再開する。

あらかたのものは運び終わり、細かい破片やゴミをまとめていると、

「あのう、すみません」

と若い女性の声がした。

顔を上げると、何となく見覚えのある女性が店の入り口に立っている。


「はい、何でしょう」

荒栄さんが応じる。


よく見ると若い女性の傍に小さな女の子が立っていた。

女の子は少し固い顔をして母の腰にしがみつくようにしている。


すみれはその子の顔を見て、2人が昨日店を訪ねてきてくれた親子連れだと思い出す。

どうしたんだろう、と訝しく思っていると、母親は

「ほら、えなちゃん」

とニコニコしながら女の子の背中を押した。


するとえなちゃんは一歩前に出て、緊張した面持ちで手に持っていた大きな紙を差し出した。

「これ」 

荒栄さんが進み出て紙を受け取る。

そして紙を眺めると破顔した。

「あらまあ!」

そして嬉しそうにその紙をすみれ達の方に見せた。


紙には絵が描かれていた。

パン屋と思われる建物がある。その前で小さなおさげの髪でスカートの女の子がバンザイをしている。

恐らくえなちゃんのようだ。

そしてその隣にいる大きい人は、おばあさんなのだろう。

やはりバンザイをしていた。

そして、何よりその周りには、たくさんのパンが描かれていた。

大きなパンから小さなパン、丸いものから四角いもの、変わった形のもの、黄色や茶色、赤から青までカラフルなもの。

とにかくたくさんのパンがあった。


「パン、頑張って」

えなちゃんがしゃちほこばって言う。

「昨日、ここに伺ったあと、この子が描き始めたんですよ、パンの人にあげたいって。ごめんなさい、あの、もし良かったらもらってくれますか?」

母親が恐る恐るといった感じで聞いた。

「もちろん!ありがとうね、えなちゃん」

荒栄さんは感動したのか震える声を出している。

周りのお年寄り達もとても嬉しそうにしている。


「たくさんパン描いてくれたねえ」

荒栄さんがそう言うと、

「うん、たくさん!」

えなちゃんはニコニコして答える。

「えなちゃんはどのパンが好き?」

「えーとね」

えなちゃんは少し考えると、

「今日はみるくのパン!」

と元気良く答えた。

「まあまあ、この子」

母親が笑った。

「みんなおいしいから毎日ちがうの!」

「そうなんだ」

荒栄さんは笑って、

「それじゃあ頑張って早くパン作らないとね」

「うん!」

「ありがとうね、えなちゃん。本当に嬉しい。おばあちゃん達、店が壊されちゃってちょっと悲しくなってたけど、えなちゃんの絵で元気出たよ」

「ほんとう?」

えなちゃんは少し心配そうに荒栄さんを見上げる。

荒栄さんはしゃがんでえなちゃんと目を合わせた。

「本当だよ、こんな素敵な絵を描いてくれてありがとう、これもらっていいのかい?」

「うん!」

「じゃあ、ありがたくもらうわね、これ私達の宝物にする」

荒栄さんは絵を胸に押しいただいた。


「じゃあね、ばいばい」


えなちゃんが笑顔で手を振り、母親が何度もお辞儀をしながら去っていくのを見送りながら、

「こんな事されたらやめられないね、頑張らなきゃ」

と、荒栄さんが握り拳を作る。

その目に光るものがあった。



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