未来
公園の芝生が青々として一面に広がっている。
まだ朝方と言って良い時間だ。
だがすでに陽の光は眩しく、これから気温はどんどん上がり始めるだろう。
素肌にはもう、ジリジリと焼かれる予感が高まっている。
芝生には人々が集まっていた。
100名以上は余裕で数えることができるだろうか。
皆老人だった。
団扇でしきりに首元をパタパタと扇ぐ人もいれば、座り込んでじっとしている人もいる。
服装はまちまちだが、いずれにしても裕福そうに見える人は見当たらない。
そのうち一人がある方向に顔を向ける。
すると次々と皆が同じ方向に視線を向け始めた。
その先に何人かの老人が立っている。
一人が旗を持っていた。
店先に立ててあるようなしつらえの旗で、白地に赤文字で文字が書いてある。
円を模した形にデザインされたそれは
「FO」
と読める。
その中の一人がメガホンを持って進み出て、話し始める。
「暑い中、こんなに集まってもらってありがとうございます」
そう言って一礼し、顔を上げたのは日に焼けた顔の、精力的な雰囲気のある老人男性だ。
短く刈り上げた髪、整った鼻梁、眼差しの強さには意志の強さが見て取れる。
その老人は一つ咳払いをして、大きな声を出す。
「今日、私達は老人の未来のための団体、
名づけてFuture Of Oldman、略してFO、を立ち上げる事をこの場で正式に宣言します!」
周りから拍手が上がり、それに呼応して集まった全員が拍手を始めた。
老人は一つ頷くと、自己紹介をした。
「私は代表を務めます、賀来正と申します。よろしくお願いします」
賀来という男性は続ける。
「私たちFOは、長いこと顧みられなかった老人達の権利を訴えていくために結成したグループです」
そこで賀来はいったん口を切り聴衆を見渡す。
しんとして誰も反応する者はいない。
賀来は話を続けた。
「我々の世代は、氷河期世代と言われ、長い不景気の中生きつないできました。
その頃は皆、正社員になれればどんな職種でも良く、希望の職種に就ける人はほんの一握り。
つなぎとして非正規雇用で働いた人の中にはそのまま非正規雇用を続けざるを得なかった人がたくさんいました。
そして運良く正社員で働けても、長時間の残業とひどい叱責、あるいは暴力まで受けて追い詰められ、過酷な職場環境の中、体も心も壊してしまう。
非正規雇用どころか正社員でさえ将来を考えるだけの給料は貰えず、結婚も子育ても出来ずにただ生きるだけの境遇でした」
そこで賀来は聴衆を見渡す。
人々の中には頷く者がいる。大部分の者が賀来の言葉に肯定の空気を醸し出していた。
それを感じ取りながら賀来は口を開いた。
「時代が悪かった、だからしょうがない。
そうなのかもしれません。
しかし今に至るまで我々の年代は不遇な立場のままです。
手取りの給料は全くと言っていいほど上がらず、とても長い間横ばいで推移しました。
そのため家庭を持ち子供を作れなかった世帯が沢山発生し、それが今の少子化の原因の一つです。
そして時が経ち、我々が40、50代のころには新卒で入ってきた若者達が同じ給料、もしくはそれ以上の給料をもらっていることもありました。
非正規で雇用された人々については、長年勤めていたとしても非正規という立場のため、仕事のスキルを身につけられず、様々な経験も与えられ無かったため、正社員で後から入ってきた若者にあらゆる面で抜かれ、顎で使われるという悔しい境遇になった方も多いと思います。
しかしそれは決してその方の能力が劣っているわけではない。
ただ生きていた時代が不運で、正社員という立場になれなかった、それだけの違いなのだと思います。
けれど何故かいつの間にか無能力者のような扱いを受けて今日まで来てしまった。
それは本当に辛く、悔しい道のりだったに違いありません。
そして正規、非正規で雇われたものの、過酷な職場に耐えかねて退職した後、社会に適応出来ないまま引きこもって歳をとってしまった人々もいる。
それはまるで、戦争から戻ってきた兵士が何年も戦場の後遺症に苦しむのに似ていませんか?」
いつの間にか人々は頭を垂れて賀来の話を聞いていた。
それぞれが思い当たるように。
そしてその言葉が身体に染み込むように。
話は続く。
「しかしそれは全部我々の責任ですか?」
賀来は首を振った。
「我々はもちろん、自分の人生に責任を持ってます。
けれど、どうにもできない境遇はあるでしょう。
我々の努力や頑張りが及ばない、そういう事態が起き、それで人生が台無しになってしまう。
我々世代が生きてきた時代はそれに該当しませんか?
安定した職につけず、職はあっても生きるのがやっとのささやかな手取り。
蓄える余裕も無く、先行きも見えなかった。
例えば今ここに集まって下さっているみなさんの大部分は、恐らく年金を月5万円以下しかもらえていない。
当たり前です。
当時は正社員として就職しても手取りは僅かで、ボーナスも出なかった会社さえありました。
非正規雇用なら賃金はなおさら厳しい状況に晒されていました。
それでも過酷な職場環境のまま、非正規雇用で食い繋ぐしか無かった。
そんな中でどうやって月々の保険料を支払えたというのでしょう。
厚生年金の適用だって、今ほどには拡大してはいませんでした。
これも自分の責任ですか?」
賀来は大きく首を振る。
「私はそう思いません。
我々は、恵まれない境遇に置かれたものの、必死に生きたんです。
そしてその努力は報われるべきなんです」
「そうだ!」
「その通り」
そこで聴衆の中から声が上がった。
賀来は頷いた。
「すでに不満を持つ老人が過激な行動を起こしています。
国への抗議を、自殺する事で訴えたり、政府関係者を狙って車で突っ込んだり、それは皆さんも知る事と思います。
そのような過激な行動がどんどん増え、世情は急激に不安定になり、暗くなってきています。
しかし、彼らの一連の暴力的な行動にどんな意味があるのでしょう?
これらは老人に対する怒りや不満を助長させるだけです。
私達は、過激な行動には訴えず老人の権利を主張したいと思います!」
「賛成!」
「ありがとう!」
「応援するぞ!」
周りの老人達から声が上がる。
それに賀来は手を挙げて応える。
「私達が求めるもの、それは具体的には年金額の引き上げ、一定以下の年金しかもらえない老人達への水光熱費の補助、働く老人の所得税の免除、老人のための割安な住宅確保、高齢者雇用の助成金のアップなどです。
我々は、結婚も、家庭も、子供も、家だって手に入れることはありませんでした。
だから私達が失ってきたものの幾許かをこれから取り戻すのです!」
歓声が上がり、老人達から拍手が上がった。
「頑張れ!」
「期待してるぞ!」
「俺達を助けてくれ!」
その場にいる老人達からいろいろな声が上がる中、
再度賀来は手を挙げて応える。
「この国の政治家に任せていたら私達の幸せはどんどん奪われ、失っていくだけです!
私達は、老人のこれからの幸せと、未来のために立ち上がり、この国を動かします!
各地で共感してもらえる仲間を集めてゆくゆくは党を作り、政治を、我々老人に対する扱いを変えて見せます!
老人達に未来を!」
たちまち周りから叫びが上がる
「老人達に未来を!」
「老人達に未来を!」
「老人達に未来を!」
その声は絶えず、止むことがなかった。
すでに陽光は本格的に肌を焼き始めていた。




