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来訪者

すみれがびっくりして手元を見ると、そこには

真っ黒な犬がそばにいて、尻尾を振りながらすみれの手の匂いを嗅いでいた。

「ふすっ」

すみれが思わず手を引っ込めると、黒い犬はすみれを見上げて尻尾をフルフルと揺らす。

大丈夫ですよ、とでも言うかのように少し首を傾げる様子が可愛くて、思わず手を差し伸べると、今度は嬉しそうに激しく尻尾を振って来た。


黒い犬はどうやら中型の雑種で、好奇心に輝く瞳には知的な光も見受けられる。

すみれが喉元を撫でてやると気持ち良さそうにアゴを上げた。


「お、クロじゃないか」

ジュンさんが声をかける。

クロと呼ばれた犬は尻尾をフルフルとさせながらタッタッとジュンさんの元に歩み寄っていく。

ジュンさんが頭を撫でると笑うように口を開き、

「はっはっ」

と満足気に息を吐いた。

しばらくジュンさんに撫でられると、クロは次に橋方さんの方にも寄っていく。

どうやら一人一人に挨拶をしているようだ。

すみれは微笑ましく思ってその様子を見つめる。

クロが側に来ると橋方さんはニッコリと笑い、手慣れた感じで喉元を擦ってやった。

クロは目を細めて擦られている。

そうしてまた橋方さんに擦られると、クロはジュンさんの足元に寄って行き、伏せ、をした。

この子もとってもフレンドリーだ、とすみれは思い、阿子さんのとこのナツの人懐っこい様子が浮かんできて思わず笑みが溢れる。

ジュンさんがクロ、と呼びかけていたので、すみれは確認してみた。

「この子、クロって言うんですか?」

ジュンさんが頷いた。

「ああ、見ての通り真っ黒だからクロ。いつの間にかこの辺に住んでたんだ。誰が飼うってわけじゃ無いけど、みんなで面倒見てるんだよ」

「とても人懐っこいですね」

「優しくて、性格も良いんだ。みんなとても可愛がってるよ」

ジュンさんはそう言ってクロの背中をポンポンと優しく叩いた。

クロがまた笑うように口を開けて舌を出す。

「はっはっ」


「あれ、ジュンさん。橋方さんもいる」


声がかかったのですみれが顔を上げると、ぽっちゃりと太った老人男性が立っていた。

黒のポロシャツを着ており、ジュンさんのように日に焼けた顔、白髪は短く刈り揃えられている。

小さな目に穏やかな光が湛えられている。

隣にもう一人老人男性がいた。

こちらはひょろっと痩せていて、白いポロシャツを着ていた。

やはり日に焼けた顔している。髪は長めで襟足まで伸びていた。

口元に微笑みが浮かんでいて、人の良さそうな雰囲気があった。


二人とも同じような背格好だが、体型や服装があまりに対照的なのでとても目立っていた。


「イチローさんとタケさんじゃない。どうも」

「こんにちは」

ジュンさんと橋方さんがそれぞれ挨拶をした。


太った男性が話しかける。

「何だか賑やかだね」

「うん、イチローさん、今日はお客さんが訪ねて来てくれたんだ。こちらの娘さんだよ」

そうジュンさんが顔をすみれに向けて紹介すると、イチローさんと呼ばれた男性は初めて気づいたようにすみれを見て目を見開いた。

「こりゃあ綺麗なお嬢さんだね。ジュンさん、こんな娘さんといつお知り合いになったんだい?」

そう言って驚いた表情をする。

「こないだ危ない所を助けたのさ」

ジュンさんが少し得意げな顔をする。

イチローさんはきょとんとして隣の男性と顔を見合わせると、すみれとジュンさんの顔をしげしげと見つめる。

「ほんとうかい」

すみれが頷いて、

「あの、月山と言います。先日の夜、ここで迷ってたのをジュンさんに助けてもらったんです」

と補足した。

「こんなとこ夜にいたのかい?そりゃあ危なかったねえ」

イチローさんの隣の男性が心配そうに言う。

「うん。そうなんだよタケさん。危ないよね」

ジュンさんが答えると、

タケさんという痩せた男性はうんうん、と頷く。

「それは助けてあげないとねえ。ほんとに無事で良かった」


「それで、今日、この月山さんがお礼をしにわざわざ来てくれたんだよ」

「それは律儀だ。ジュンさん、いい事したねえ」

イチローさんがニコニコ笑ってジュンさんを見る。

隣のタケさんも微笑んでいた。


「イチローさんとタケさんはクロの散歩かい?」

ジュンさんがクロ、と言うと自分の名前が出て来たのを知ってクロがジュンさんを見上げる。

賢い犬だなあ、とすみれは微笑ましく思う。

イチローさんが答える。


「いやあ、タケさんと最初散歩していたら、クロが途中で加わってきたんだ。それで一緒にしばらく歩いたから、ちょっと休もうと思ってオアシス寄ってみたの」

「お疲れさん。クロ、散歩楽しかったかい」

ジュンさんがクロに話しかけると、クロは鼻をジュンさんの手に押し当てるようにしてクンクンさせた。

「そうか、そうか。良かったな」


「それにしてもジュンさん、どんな事して助けてあげたんだい?」


「月山さんがこの前の夜、俺の家のそばでしゃがんでたんだよ。それで声をかけてみたらなんか困ってたんだ」

「あの、私男の人に追いかけられてたんです」

すみれが捕捉する。

「そうそう、それで俺、月山さんを安全なとこまで連れて行ったんだよ」

「ええ?そりゃあ怖い経験したねえ。何事も無くて本当に良かった。

最近ここも新しい人がどんどん入ってきて、なんか物騒になってきたんだよ」


イチローさんがそう言うと、ジュンさんも深刻な顔をして頷いた。

「本当だよなあ。前までは仲良くって言うのもおかしいけどさ、お互いうまくやってたのに、今は好き勝手する人が増えてきたよ」

 

「好き勝手とはどのような事ですか?」

橋方さんが静かに尋ねる。最近の状況について関心がある様子だった。

「俺が良く聞くのは物が無くなったりかなあ。そりゃまあ俺らのものなんて取ってもしょうがないけど」

イチローさんが首を捻って思い出すようなしぐさをする。

ジュンさんが肩をすくめた。

「乱暴なヤツも多いよ、ちょっと気に入らないことがあると怒鳴ったり、絡んできたり、人が多くなってきたから本当にいろんなヤツを見かけるようになった」


すみれは初めて梅のエリアで配給を手伝った時のことを思い出した。

たしか、自分がもらえるはずだと言い張って他の老人の配給を奪おうとする老人がいた。

その老人も最近入ってきた人なのかもしれない。


「喧嘩沙汰みたいなのもあるみたいだよ。あとはそういう奴等でまとまってグループみたいなのがあるって噂もあるよ」

イチローさんの顔が曇る。

「嫌だなあ。今まで何とか暮らしてきたし、それなりに自由を感じてたけど、このリゾートでも争いや諍いが起こるなんてね」

ジュンさんはため息をついた。


「何か問題があったら私か貝崎に伝えてください。目に余る行動や犯罪まがいのことがあれば、対処出来ると思います」

橋方さんが言った。


「わかったよ、何かあればすぐ教える」

ジュンさんが答えるとイチローさんも頷いた。

その時伏せをして前足の間に鼻を埋めていたクロが急に顔をあげて臭いを嗅ぐようなしぐさをした。

「くんくん」




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