夜の広場
「なつ、ご飯だよ」
阿竹さんが、皿に入ったペットフードを差し出すと、なつはカリカリと可愛い音をたてて食べている。
時々顔を上げて、
「みゃあん」
と満足そうにこちらを見上げて鳴く仕草が何とも愛らしい。
「たくさん食べな」
阿竹さんが、ニコニコしながらなつを見つめた。
すみれがこの間初めて会った時は顔の表情に変化が無く固い感じがしたが、今日の阿竹さんの面持ちはとても柔らかい。
「本当に可愛いですね」
「そうでしょ、可愛いルームメイトが出来てとても嬉しいわ」
阿子さんが見守る。
「私もなつが来てくれて本当に嬉しい」
里平さんもなつを穏やかに見つめている。
「なつが来て、なんか前より楽しくなったし、世話をしてると張りが出るわ」
阿竹がなつの背中をポンポン、と優しく叩いてあげると、なつは背中を丸めて応えているようだ。
「あゆみちゃん、最初は少し怖がってたけど、今ではなつの事ばかり気にかけてるものねぇ」
阿子さんがからかうように言うと、阿竹さんは頬に手を当てて照れ笑いをした。
「私、これまで猫とか動物と関わったことなかったから、どうしたらいいかわからなかったのよ」
「今では1番ベッタリかもね」
「そうかも…、でもなつは人懐っこいからしょうがないもの」
「それは間違いないわね、みんななつに夢中」
阿子さんが
「そうよね」
「私も夢中になりました!」
すみれが賛同するとみんな笑った。
それからなつを囲んで世間話に花を咲かせた後、
「そろそろ私、失礼いたします」
とすみれは立ち上がった。
「あらあ、もう帰るの?もうちょっといたら」
阿子さんが残念そうに引き留める。
「いちおう明日授業あるんです、すみません」
「そう、残念ね、また来てくれる?」
「もちろんです!」
「なつも待ってるしね」
里平さんがなつの手を持ち上げておいでおいでをする。
「ふふ」
阿竹さんが可笑しそうに笑った。
「じゃあまたね〜」
3人が玄関で見送ってくれた。
阿竹さんがなつを抱いてきてその手を振る。
「みゃあん」
「あら、またね、なつ」
なつが見送るように鳴いたのでみんな笑った。
「それじゃあお邪魔しました」
「またいつでも来てね」
「はい、ありがとうございます」
阿子さんの言葉にすみれは頭を下げて答えた。
外に出ると、途端にむわっとした熱気が身体にまとわりついてきた。
今日も熱帯夜か、と少し憂鬱になりながら歩く。
外はすでに真っ暗になっている。
駅に向かって歩いていたすみれは、ふと前に梅のエリアで老人女性に言われた言葉を思い出した。
万引きをしたその女性は、険しい顔ですみれ達若者を非難していた。
どれだけ自分達が恵まれているか自覚しろ、という主旨の事を激しい言葉で浴びせかけてきた。
その様子はすみれに強いインパクトを与えている。
そしてその時確か彼女は、夜の梅エリアの様子を見てみろ、と言っていたように思う。
それがどういうことなのかわからなかったが、今日はすでに夜で、たまたまリゾートにいる。
もう梅のエリアにも慣れてきたし、少しその様子とやらを覗いてみよう、とすみれは考え行き先を変えた。
夜空に月が出ている。
梅のエリアに近づくほどに街灯の灯りは途絶え、月がはっきり見えてくる。
ボコボコの道の両脇には何かの残骸やらゴミやらが捨て置かれ、並んだバラックが気味の悪いオブジェに見える。
暗闇のせいで視界が不自由なせいか埃っぽい黴びた臭いや小便臭い臭いがいやにはっきりと嗅ぎ取れる。
昼間はあまり気にならなかった壁一面の落書きが目に入ると、それは呪詛のようにも思えてきてすみれは心細くなり、引き返そうかと一瞬迷う。
それでもすみれは恐る恐る進むのだった。
配給場所にもなっている広場の近くに来る。
すると、広場の街灯が煌々と辺りを照らしており、急に人の気配がしてきた。
「?」
今まで人気が無かったのに急にザワザワと話し声がするのに不思議に感じながら進むと、人の姿が目に入った。
広場のそこかしこに、人が立っている。
女性だ。
男性と一緒にいる女性もいれば、一人で立っている女性もいて、何だろうとすみれは訝しく思った。
男性もいる。
目的がなさそうにブラブラしているが、何故か周りの様子を窺っているようだ。
ますますわからなくなって、とりあえずすみれは目立たない場所を探して、広場の隅を目指して進んだ。
進みながら一人で立っている女性を見てすみれははびっくりした。
暗がりで顔がよく分からないが、どうやら老齢の女性らしい
化粧も濃く、服装は派手目に見える。
こんな夜になんで一人で立っているんだろう、と思っていると、男性が近づいてその女性に話かけた。
ボソボソと話をしている。
女性が何かを言うと男性は頷いたりしている。
横目でチラチラ見ながら何かの交渉のようだと感じる。
何故かそのやりとりに怪しいものを感じ始めてすみれは直感的にこの場所にいるのは不味い、と思うようになる。
本当に何をしているんだろう、気になるが盗み聞きをするわけにもいかない。
そのうち、女性と男性は連れ立って歩き始め、広場を去って行った。
これは女性に声をかけているのだろうか。
ここはそういう目的の場所なのだろうか。
それにしては人目を気にするようにしているし、小さな声で話していて、女性をその気にさせようという陽気さみたいなものが無いな、と思う。
わからないなあ、と考え込んでいると、
「ねえ、ちょっと」
と1人の男性がすみれに声をかけてきた。